
前回の記事に加え、12年間所有し、手放した今、感じるエリーゼ(2008年1ZZモデル)というクルマのロードインプレッションを記したい。
私が感じるエリーゼとは、「最小限の実用性と引き換えに得られた、軽量な車体から伝わるダイレクトな運転感覚と対話する濃密な時間を愉しむことができるクルマ。さらに、流麗なラインと曲面でデザインされたボディがもつ独自の世界観を表現できるクルマ」である。
全長3800mm全幅1720mm全高1130mmのボディは伸びやかなスタイリングのため、写真ではそれなりに大きなようにも見えるが、実写を前にすると全体的に低く構えたようなスタイリングもあってコンパクトに感じる。それもそのはずで、ヤリスと比較して全長で-140mm、全幅で+25mmなのでコンパクトカーくらいの全長全幅しかない。
リアミッドシップレイアウトからくる、低いフロントノーズから流れるようなドアを経てリアウイングへ躍動感のあるサイドビュー。どこか昆虫のような印象を受けるヘッドライトやエアインテークの個性的なフロントマスク。リアエンジンであることを主張するリアボンネット周りと、LEDライトの間隔が若干広めな丸形デザインのテールランプや、純正でも主張するディフューザーと、そこから出るセンター2本出しマフラーなどが相まって、レーシーな印象のリアビュー。デザイン性と機能性のバランスが取れ、強い印象を放つデザインは、S3以降、ロータスの新型が発売されて時間が経っても色褪せることのない秀逸なデザインだと感じている。そして、どれだけ眺めても所有する満足感を毎回与えてくれる。エリーゼを趣味の写真撮影の被写体として撮ったこともあるが、どの角度から見ても、どこを切り取っても絵になるクルマだと感じた。また、光の当たり方の加減で彫りの深いボディに陰影が生じ、いっそうその美しいラインを際立たせていたのが印象的だった。
リモコンキーでドアロックとセキュリティを解除し、プッシュ式のドアオープナーを押し込み、サッシュレスのドアを開く。エリーゼお約束の「幅の広いサイドシルをまたぎ、穴ぐらに潜り込むように体を屈めて」乗り込むと、着座位置は低く、足を前に投げ出すような姿勢で、ドアを開け手をおろせばアスファルトの路面を触ることができるくらい車高も低い。08モデルのエリーゼSの装備としては運転席・助手席エアバッグ、アルパイン製CDオーディオ、最低限の容量のエアコン、左右パワーウィンドウ、Probax製シート、momo製本革ステアリングホイール、アルミシフトノブ、アルミ製ペダル、プッシュスタートボタン、スタック製メーター、くらいであろうか。パワーステアリングなど便利装備、快適装備などはほとんどない。それでも、初代エリーゼやスーパーセブンのエアコンレス、ブレーキサーボ無し等に比べれば、雨風はしのげるし、決して快適な温度にならないがエアコンも付いているので、確実に不便さはあっても実用に耐えうるだけの装備が備えられていることが、前述の徹底的に走り以外の装備をそぎ落としたスーパーセブンなどのスパルタンなクルマとの違いである。
キーを捻る。エンジンに火はまだ入らない。開錠してから少し時間が経った場合はリモコンキーの真ん中のボタンを押すと再度セキュリティが解除され、フューエルポンプが「チュイーン」と音をたてて始動準備が整う。エンジンスタートボタンを押し、エンジンが息を吹き返す。少し重さを感じるシフトノブを1速に入れ、クラッチを繋ぐ。気難しいことはなく、890kgの軽量な車体はスッと転がり始める。大袈裟に言えば、そこからは様々な種類の音の洪水となる。やや事務的な感じもするエンジンからの音。高音で鳴り続けるフューエルポンプの「キーン」という音。ガチャガチャとした音色のシフト。段差の突き上げなどで体が動くとギシギシと鳴るシートレール。幌を固定する関係の部品や簡素な内装パネルが擦れる音。前輪が跳ね上げた小石が大きな一枚のアルミ製アンダーカバーに直接「カン!」と当たる音など…。音楽を積極的に聞こうという気持ちが起きないほど音で溢れている。
しかし、エリーゼはそんなところにこだわるクルマではない(気にはなるが)。
走り出すと、圧倒的な着座位置の低さによって、スピード感覚がとても速く感じられる。普通のミニバンがトラックの大きさに感じるくらい、低い車高だ。
交差点でステアリングを回すと同時に、感覚的には少し先を行くような反応でノーズが向きを変える。車体は安定し、いつもよりも速い速度で通過している。
動き始めこそ重く感じるステアリングも、いったんタイヤが回り始めれば、クルマ好きには好ましいと思える重さと共に、路面の荒れや傾き、タイヤへの荷重など、多くの情報が伝えられてくる。
走りを愉しむために駆る。いつもの山へと向かう。
エリーゼを愉しむために、中速コーナーの多い道を求めて走る。
ワインディングロードに入ると、さらに軽さを生かした切れ味の鋭い走りを味わえる。コーナーが迫りブレーキングを開始。ストッピングパワーが自然に立ち上がり、ノーズが安定してダイブする。慣れればヒール・アンド・トゥも決めやすいペダルポジションで、スロットルの反応もよい。ステアリングを回し、片側のタイヤに荷重が載り、ノーズがコーナーを求めるようにグイグイと向きを変える。ハイグリップタイヤで重い車体を捻じ伏せるのではなく、軽くいなすようだ。アクセルペダルに右足を移し、徐々にペダルを踏み込むと、自分の意志に忠実にスロットルが開いて必要な分だけガソリンが送り込まれ、後輪に荷重を載せ、リアタイヤのグリップを感じながら、意志に合わせた加速を得ることができる。総排気量1794cc、最高出力136ps/6200rpm、最大トルク17.6kg・m/4200rpmを発生させる1ZZエンジンは、低回転域でのトルクもあり、街中でも扱いやすい。絶対的なパワーこそ高くないが、スムーズに吹け上がり、900kgを切る車体に搭載されることで、自分にとっては必要にして十分な加速性能を発揮する。高出力であるために、公道では恐る恐るしか踏めずに強大なパワーを持て余してしまう車よりも、気持ちよくアクセルを踏んで楽しめるのではないだろうか。高出力で圧倒的な加速感やトルクフルな余裕を愉しむのではなく、車体の挙動を感じ、コーナーを一つクリアするたびに爽快感を味わうことが最も楽しいと思える。
ビルシュタインダンパーとアイバッハのコイルスプリングを備えた前後ダブルウィッシュボーン式サスペンションと、それを受け止める高剛性のアルミバスタブシャシーにより、走りの根幹部分が鍛えられている。ガチガチのバネやダンパーではなく、軽い車体を生かしたしなやかなセッティングは、良い意味で「柔らかい」と感じられるくらい、車体の挙動を受け止めてくれる。
ヨコハマADVAN Neova AD07前175/55R16、後225/45R17の前後で異なるサイズを奢るタイヤは、エリーゼの俊敏な運動性能を支えている。とは言っても、エリーゼでのタイヤ交換の経験は1回しかなく、社外ホイールに変更はしなかったため、ノーマルホイールに純正同サイズ同銘柄のタイヤに履き替えたのであった。多くのオーナーの報告にあるように、リアタイヤの減りが早く、フロント1回にリア2回交換くらいになる場合が多いと思う。そしてハイグリップタイヤのために、減り自体も早いと感じるが、そこはパフォーマンスや走りの楽しさとのトレードオフであろう。
ワインディングロードを走り込み、休憩する。
交通量が減り、空気がきれいな場所に行くと、オープンの解放感を味わいたくなる。
いったんエンジンを止め、車外へ降りる。あらかじめトランクを開けておき、運転席、助手席側の幌のロックを外し、車内へ落とさないようにして、クルクルと手で両側から巻き取っていく。幌をトランクへ入れ、次に幌布を支えている幌骨を外しトランクへ入れる。電動オープンでもなければロードスターのようにロックを外して後方へ放り投げるわけでもない。ひと手間かかるがトランクに収納できることもあり、自分にとっては苦にならなかった。それよりもオープンエアドライビングを楽しめることのワクワク感の方が勝り、かなりの真夏、真冬でなければ積極的にオープンにしていた。エリーゼはいわゆる“タルガトップ”形状になり、フルオープンに比べれば解放感は劣るのであろうが、後方からの風の巻き込みは少なく、左右のウィンドウを上げていることが多かった自分にとっては十分な解放感であり、快適に風を感じることができた。逆にフルオープンの車はフロントウィンドウ上端から入る風や後方からの風など、車種によって快・不快の感じ方が異なるものなのだと何台か試乗して理解することができた(その点、NDロードスターは長い歴史の中で改善を積み重ねてきたことで、風の処理が素晴らしいと感じた)。そして、オープンカー=スポーツカーでなくてもよく、むしろオープンにしている時はしゃかりきになって走るのではなく、ゆっくりと流しながら、景色や季節の移ろいを楽しんでいたくなるものだった。また、幌を外すことで車内に音がこもらなくなるので、ドライブも快適になるし、鳥の鳴き声、風で葉っぱがこすれる音、川のせせらぎなどが耳に心地よい。エリーゼから離れても、またオープンカーを欲しくなってしまうようになったのも、エリーゼの体験が気持ちよかったことにほかならない。
ちなみに積載性に関しては、MRスポーツカーとしては、個人的には問題ないと感じる。トランクはNDロードスターよりも若干狭く、深さはあるように感じた(1回の試乗で見た印象であるので正確ではない)。1人で走りを愉しむならば助手席にほとんどの荷物は置けるだろうし、2名乗車の際はトランクに入れればちょっとした出かけには工夫次第でソコソコ載せられる。しかし、(これも定番だが)エンジンのすぐ後ろにトランクがあるために、熱を受けてはいけないものを載せることができない。
高速道路では、エリーゼの良さを生かしづらいというのが正直なところだ。高速である程度一定速度で走っていると、車内の騒音や継ぎ目の通過時のダイレクトな衝撃が気になってくる。直進安定性もそれほど高くはないので、安心感という意味でも今一つ。車高が低い分、横風の影響を受けづらいのは美点。短距離走者が中・長距離を走っているような場違い感を感じることもある。そうなると遠出する時は別の車で…となってしまうことがほとんどであり、近場を走ることがメインになってしまう。
もちろん、実用のアシとして買い物等で使うことも可能だが、いくらか気を遣う。まず、その低い最低地上高で駐車場への出入りは場所を選ぶ。バンパーなどないフロントのクラムシェルを万が一でもぶつけて割れようものなら、クラムシェル全体の交換となり、塗装代も含めて100万円近い出費になると聞いたことがある。また、乗り降りの姿勢がかなり窮屈なことに加えてドアが長く、開く途中で止まることもないので、隣に車に当てないように気を付けながら乗り降りするのは、かなり辛いものがある。また、ショッピングセンターの駐車場などでは、ドアの開閉などで当てられたりしないよう、外れた場所に停めるように気を付けていた。用事を済ませてクルマに戻り、うっかりロックを解除する前にトランクを開けると、セキュリティが作動してけたたましいサイレン音が鳴り響く。2名乗車すると、途端に窮屈感を感じるようになる。同乗者にも大変な乗り降りを強いることに申し訳なさを感じることもある。
また、エリーゼは塗装が弱く車高も低いからか、前を走っている車が跳ね上げた小石や砂が当たることが多く、簡単に塗装が欠けてしまうため、なるべく前走車との距離を詰めないように気を付ける必要がある。
燃費は郊外中心でおおよそ15〜16km/Lを記録し、時々しか乗らないので、燃料代を気にすることはなかった。維持費に関しては、車重が軽いため重量税も高くなく、排気量も2000cc以下なので自動車税もそれほど高くはない。ただし、自動車保険に関しては車両料率が高く、購入してから何年かは車両保険にも加入していたため、年間で30万くらいかかっていた記憶がある。しまいには車両料率が高くなりすぎて車両保険に入ること自体もできなくなってしまった(某通販型自動車保険会社)。
エリーゼには様々な魅力があるが、それらはほとんどが「走りを楽しむため」であり、それらを高度に“調律”し一級のオープンスポーツカーとしてまとめ上げ、サラリーマンにもなんとか手が出る価格のクルマとして提供したことで、世界中で売れ続けることができたエリーゼとロータス社のもつ車に対する本質を突いた思想と、高度なエンジニアリング技術に対して驚くと共に、感謝の念を抱かざるをえない。
そして、なかなか日本車には感じられないヒストリーをも手に入れられることが、満足感をさらに高めている。ロータスであればレースでの輝かしい功績であり、常にライトウェイトなクルマ作りをしてきた歴史がある。数々の勝利を収めてきた葉巻型のレーシングカーがあり、エランやヨーロッパといった名車の系譜に連なる位置にエリーゼは存在する。
しかし、オンリーワンの個性があるからこそ、逆に走りを楽しむ以外の場面では、その性能を持て余している感覚が強くなることもある。正直なところ、エリーゼに乗る時は走るためだけに峠へ向かい、30kmくらい走り帰ってくる、ということがほとんどだったように思う。走りに特化したクルマを所有し、走ることを愉しむクルマ生活に満足できる人には、間違いなく多くの幸せをもたらしてくれるクルマである。しかし、その刺激的な走りに少々疲れた時や、走るためだけに時間を使うことができなくなった場合、その存在意義に疑問を感じてしまうことがあるのも、このクルマの個性ゆえである。
エリーゼの他のモデルはもちろんのこと、エキシージやエヴォーラなど、エンジンが強化され、様々な装備が追加されていったが、アルミバスタブシャシーを元に作られている兄弟車の基本形がエリーゼであり、その中でも素のモデルに最も近いものの一つがエリーゼSであると思う。インパネ等の造形を見ても基本は変わらない。ベーシックであり、ロータスが考える本来のライトウェイトスポーツの魅力が具現化されており、トヨタエンジンの堅牢性と安定感をベースにロータスECUによって秘めたる可能性を引き出したエンジンを備えた「エリーゼS」。ロータスの門を初めて叩く方から、レースベース車両など熟練者までを受け止める奥深い性能をもつ。車が電動化に向けて進めば進むほどその魅力は増し、長い自動車史の中で輝きを放ち続けるであろう。
“名車”と言っても過言ではないと確信している。
