鵜戸神宮
鵜戸神宮 御由緒
鵜戸神宮のご創建は、第十代崇神天皇の御代と伝えられ、その後第五十代桓武天皇の延暦元年には、天台宗の僧、光喜坊快久が、勅命によって当山初代別当となり、神殿を再興し、同時に寺院を建立して、勅号を「鵜戸山大権現吾平山仁王護国寺」と賜った。
また宗派が真言宗に移ったこともあり、洞内本宮の外、本堂には六観音を安置し、一時は「西の高野」とうたわれ、両部神道の一大道場として、盛観を極めていた。
そして明治維新とともに、権現号、寺院を廃して鵜戸神社となり、後に官幣大社鵜戸神宮にご昇格された。
鵜戸神宮 の 御乳岩(おちちいわ)
竜宮に帰った母君の豊玉姫(トヨタマヒメ)がウガヤフキアエズノミコトの育児のため、乳房を残して行かれたと伝える「おちちいわ」は今も絶え間なく玉のような岩しみずを滴らせて、安産、育児を願う人々の信仰の拠り所となっている。この水でつくる「お乳あめ」は鵜戸の名産
鵜戸神宮 の 運玉
御本殿前の海に浮かぶ霊石亀岩(豊玉姫が竜宮から乗ってきたと言われる)の背中に運玉(直径2cm程の素焼きの玉)を投げ、見事にとどまると願いごとが叶うという伝えがある。
男性は左手、女性は右手で投げます。
これは陰陽思想から出てくるものらしく男性は陽、火なので左手、女性は陰、水なので右手との事。参考元
なかなか入りません、結構難しいものです。
参考迄 5個100円 亀石 運玉等は画像を参照正月三が日は 約二十万個の運玉が投げ込まれるそうです。
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