
――あの日から今日まで、少しずつ重なっていった時間のお話。
2025年4月3日。
この日、私のところに一台のジムニーシエラがやってきました。
たった一台の車。
そう言ってしまえば、それまでなのかもしれません。
でも、私にとっては、最初からただの「車」ではありませんでした。
これから一緒に時間を過ごしていく、大切な存在。
まだ何も知らないまま出会って、それでも不思議なくらい心が動いて、
見た瞬間に「これから何かが始まるんだな」と思えた、そんな特別な一台でした。
納車されたばかりのボディは、まだまっさらで。
走ってきた距離も、刻まれてきた思い出も、ほとんどなくて。
だからこそ、その白紙のような時間の上に、
これから少しずつ、自分だけの思い出が重なっていくのだと思うと、
嬉しくて、少しだけ緊張もして、でもやっぱりすごく幸せな気持ちになったのを覚えています。
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最初の頃は、ただそこにいてくれるだけで嬉しかったです。
乗るたびに嬉しい。
降りたあとに振り返って見ても嬉しい。
駐車場に停まっている姿を見るだけでも、なんだか気持ちが明るくなる。
そんなふうに、日常の中に小さなときめきをくれる存在でした。
でも、一緒に過ごす時間が増えるにつれて、
その気持ちはただの「納車の嬉しさ」だけではなくなっていきました。
少しずつ手を入れて、
少しずつ考えて、
何を合わせたらこの子らしさがもっと引き立つのか、
どこを変えて、どこはそのままにしておくのか、
そんなことを何度も考えるようになりました。
パーツひとつ、素材ひとつ、色の組み合わせひとつでも、印象は変わります。
黒の深さ。
ステッチの色味。
金属の光り方。
木目の表情。
樹脂の質感。
そういう細かなところに心が向くようになったのも、この車と出会ってからでした。
たぶんそれは、単に「カスタムする」ということではなくて、
この一台と少しずつ仲良くなっていく作業だったのだと思います。
この子には何が似合うんだろう。
どんな雰囲気がいちばん自然なんだろう。
無骨さは残したい。
でも、どこかにやさしさや上品さもほしい。
そんなふうに、まるで対話するみたいに考えてきた時間は、
今振り返ると、とても愛おしい時間でした。
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この1年は、もちろん楽しいことばかりではありませんでした。
車は、ただ大切に飾っておくだけのものではなくて、
実際に道路を走って、日差しを浴びて、雨に濡れて、
いろいろなものに触れながら毎日を重ねていく存在です。
だからこそ、思いがけないことも起きます。
傷のこと。
修理のこと。
確認しなければいけないこと。
説明しなければいけないこと。
見積もりや連絡や、細かなやり取り。
そういう、楽しいだけではない時間もありました。
でも、その中で気づかされたこともたくさんありました。
「直ればそれでいい」というわけではないこと。
「見た目が戻ったように見える」ことと、
「ちゃんと元の状態に戻る」ことは、必ずしも同じではないこと。
本当に大切にするというのは、
目に見える傷だけを気にすることではなくて、
その奥にある状態や、工程や、仕上がりの質まで気にかけることなのだと、
この1年で何度も感じました。
光の当たり方によってだけ見える違和感。
濡れたあと、乾いていく途中でだけ気づく表情。
樹脂の黒さの整い方。
洗車や拭き上げひとつでも変わってしまう繊細さ。
コーティングの意味。
守ることの難しさ。
以前の私なら、気づかなかったかもしれません。
でも、一度知ってしまうと、もう見過ごせなくなるんですよね。
ちゃんと見たい。
ちゃんと確認したい。
曖昧なままにしたくない。
大切なものだからこそ、納得できるまで向き合いたい。
そんな気持ちを、この車が育ててくれたように思います。
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思えばこの1年、
私はこの一台を通して、本当にいろいろなものを見てきました。
晴れた空の下での、凛とした表情。
夕方のやわらかい光の中で見せる、少し落ち着いた雰囲気。
雨上がりのボディに映る景色。
きれいに整った樹脂の黒が、思わず嬉しくなる瞬間。
施工が終わったあとに感じる、静かな安心感。
そして、何も起きない日常が、実はどれほどありがたいことなのかということ。
車って不思議です。
ただ「乗った日」だけが思い出になるわけではないんですよね。
洗った日も、
眺めていた日も、
次はどうしようかなと考えていた日も、
誰かに相談していた日も、
少し気になるところを見つけて気にしていた日も、
全部がちゃんと、その車との時間になっていく。
つまり、この1年で積み重なったものは、
走行距離だけではありませんでした。
悩んだ回数。
迷った回数。
調べた回数。
確認した回数。
守りたいと思った回数。
嬉しいと思った回数。
ほっとした回数。
そして、やっぱりこの車が好きだなあと改めて思った回数。
その全部が、少しずつ少しずつ、
この一台を「ただ所有している車」から
「かけがえのない愛車」に変えていったのだと思います。
⸻
2026年4月3日。
愛車と出会って1年。
1年という言葉だけを見ると、あっという間です。
でも、この車と過ごしてきた時間は、
私の中ではとても濃くて、静かに深くて、
思っていた以上にたくさんのものが詰まっています。
最初は何もわからなかったのに、
今では少しの変化にも気づくようになって、
少しの違和感も見逃したくなくなって、
きれいであることの意味も、
守ることの大変さも、
手をかけることの喜びも、
前よりずっと強く感じられるようになりました。
それは単に、車に詳しくなったというだけではない気がしています。
一台の車にどこまで心を向けられるか。
どこまで丁寧に付き合えるか。
どこまで「好き」を形にしていけるか。
この1年は、そんなことを静かに教えてくれる時間でした。
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もちろん、この1年の中では、
嬉しいことばかりではありませんでした。
予定通りにいかないこともありましたし、
思わず気持ちが沈むようなこともありました。
「どうしてこうなるのかな」と思うことも、正直ありました。
でも、それでもなお思うんです。
手がかかったからこそ、愛着が深くなることってあるんですよね。
何も起こらず、ただ無事に過ぎていくだけではたどり着けない気持ちが、
ちゃんと向き合った時間の中にはあるように思います。
気にかけた分だけ。
悩んだ分だけ。
守ろうとした分だけ。
大切にした分だけ。
その存在は、ただの「もの」ではなくなっていく。
愛車って、最初から完成された呼び名ではなくて、
一緒に過ごした時間の中で、少しずつ本物になっていくものなのかもしれません。
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そして、きっとこの1年は終わりではなくて、まだ始まりの途中です。
やってみたいことは、まだあります。
似合いそうだなと思っているものもあります。
もう少しこうしたいな、と考えているところもあります。
でも、急いで全部を完成させなくてもいいとも思っています。
この車は、一気に作り上げるものではなくて、
時間を重ねながら、少しずつ深まっていく存在だと思うからです。
この先、どんな景色を見るのか。
どんな季節を一緒に過ごすのか。
どんなふうに変わっていくのか。
それはまだ確認できません。
でも、ひとつだけ確かなことがあります。
2025年4月3日に始まったこの時間は、
2026年4月3日で区切りではあっても、終わりではないということです。
ここまで一緒に走ってくれてありがとう。
たくさんの景色を見せてくれてありがとう。
悩む時間さえも、大切な思い出に変えてくれてありがとう。
そして何度も、やっぱり好きだなと思わせてくれてありがとう。
これからも、よろしくね。
次の1年も、その先も。
焦らず、無理せず、でも大切に。
この子と一緒に、また少しずつ歩いていきたいと思います。
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