90年の「ジロ・ディ・イタリア」。イタリアの英雄ジャンニ・ブーニョが初日から最終
日までマリア・ローザを着続けた最高のジロに、1人の日本人が出場した。
市川雅敏。日本大学卒業後、単身ヨーロッパへ渡って自費でレース活動し、86
年にスイスのプロチーム、MAVIC-Gitaneと契約。87年~89年はベルギーH
-ITACHIで活躍、「監督が、“来年はグランツールに出してやる”と言ってはメンバ
ーに選ばないから」とあっさりとチームを辞め、スイスのFrank-Toyoに移籍。そ
してこの90年のジロでアシストとして走るのだが、エースのシュタイガーが膝の故
障でリタイアした後、監督のダニエル・ギジガーから「マサ、明日からお前エース
をやれ」と言われ一時は総合35位に付けるが、終盤のドロミテの山岳で崩れて総
合50位で完走した。
初めて日本人が欧州プロレーサーとなり、ジロで活躍したことを日本のメディアは
全く報道しなかったけど、当時の私は専門誌を読みながら誇りに思っていた。
サッカーの中田英寿がイタリアに渡ってペルージャで活躍した時、日本のサッカー
ファンが感じていたことも同じだったんじゃないのかな。
「見たか」って。
「日本人でもここまでできるんだぜ」って…。
Posted at 2008/05/12 21:44:36 | |
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