プロコンチネンタルチーム、ティンコフの監督は40歳まで現役だった名選手、ド
ミトリー・コニシェフだ。
旧ソビエト出身のコニシェフは89年にプロデビューし、翌90年にはツールで区
間優勝、91年のツールでは最終ステージ・シャンゼリゼで圧倒的なスプリントで
優勝するなど、主にステージレースの区間優勝を狙うスプリンターとして活躍した。
狡猾でクレバーな走りは若いプロ選手の見本となり、なによりも、西側諸国の人
間が持っていた「ロシア人」の暗いイメージをひっくり返す明るい性格で、誰から
も慕われていた。
そんなコニシェフの、とても印象的な記事を日本の某雑誌で昔読んだことがある。
2000年、34歳のコニシェフはジロでスプリント賞を獲得し、第2の絶頂期を迎え
ていた。記事は、この年のパリ~ルーベのリポートだ。
文化財として残されている中世に作られたパヴェ(石畳)をコースに組み込んだこ
のレースは、他のスポーツでは類を見ないほど過酷だ。
レースも佳境に入り、コニシェフが水を求めてチームカーにやって来た。
監督のフェレッティが水の入ったボトルを手渡すと同時に、「すぐに糖分もとってお
け」と高カロリーの流動食を差し出した。
そのときコニシェフは、ウンウンと首を縦に振りながらも、それをジャージのポケッ
トに入れようとする。
すでに疲労のために思考能力が薄れて、返事と行動が一致しないのだ。
「違う!すぐに飲むんだ。オレに飲むところを今見せてくれ!」とフェレッティ。
今度は言われた通り、無表情でコニシェフはそれを飲み下す。
子供を諭すようにベテランのプロレーサーに糖分を摂らせる監督の指示は、プロ
レースの過酷さをそのまま表している。
レースの終盤、コニシェフは前のグループで走り続けていた。
チームカーに同乗していた国営テレビの解説者にフェレッティは言う。
「疲労はとんでもない間違いを引き起こす。コニシェフほどのベテランでもね。あの
とき糖分を摂っていなかったら、あいつは今あそこで走っていないよ」
Posted at 2008/06/07 05:31:56 | |
トラックバック(0) | 日記