肥前・南島原・原城

●2019年GWに九州お城巡り2で、初日・2019年04月26日福知山城再び(91枚撮影77分)57箇所目。
●2日目・4月27日・津山城(243枚撮影3時間11分)71箇所目~福山城(273枚撮影1時間43分)72箇所目~広島城(172枚撮影1時間58分)73箇所目~。
●3日目・4月28日・小倉城(194枚撮影2時間13分)74箇所目~福岡城(266枚撮影1時間50分)75箇所目~唐津城再び(172枚撮影2時間0分)9箇所目~名護屋城(218枚撮影75分)76箇所目~。
●4日目・4月29日・平戸城再び(264枚撮影2時間0分)10箇所目~島原城(240枚撮影90分)77箇所目~原城(166枚撮影2時間1分)78箇所目~。
●5日目・4月30日・佐賀城(185枚撮影1時間47分)79箇所目~中津城(247枚撮影1時間21分)80箇所目~府内城(174枚撮影1時間33分)81箇所目~。
●6日目・5月1日・延岡城(179枚撮影1時間38分)82箇所目~佐伯城(382枚撮影2時間50分)83箇所目~臼杵城(296枚撮影2時間4分)84箇所目~。
●7日目・5月2日・川之江城再び(201枚撮影79分)61箇所目~川島城(57枚撮影23分)85箇所目~徳島城(309枚撮影3時間3分)86箇所目~撫養城(88枚撮影47分)87箇所目~。
●8日目・5月3日・岸和田城再び(224枚撮影2時間33分)64箇所目~法隆寺再び(186枚撮影64分)~伊賀上野城(390枚撮影2時間21分)88箇所目~伊勢神宮(100枚撮影62分)~。
●9日目・5月4日・松坂城(384枚撮影2時間50分)89箇所目~津城(163枚撮影1時間43分)90箇所目~亀山城(120枚撮影61分)91箇所目~吉田城(171枚撮影1時間20分)92箇所目と回った時に訪れました。
長崎県島原半島南外れに有る原城です。
駐車場が海沿いの温泉前に有るので、雲仙普賢岳と海を見ながら温泉に入るのが、お薦めです。
肝心の原城ですが、草ボウボウの丘陵と畑です。
城跡は、二度と反乱の拠点とならないように破壊つくされ、石垣だけで無く死骸まで埋められました。
現在は、発掘により遺骨と石垣は堀おこされました。
元々、石垣は島原城の材料として利用されたらしく少ないのに、徳川幕府の破壊の為、本丸付近に僅かに復元されたのが限界のようです。
見るべき処が少ないうえ、島原城見学後に行けるお城を調べたら、ここしか無いと判断した予定外お城なので、広い割りに121分で見学を終わらせました。
島原城天守一階に原城出土資料が展示されていますので、ここから20km圏内の島原城見学がお薦めです。
南島原市有馬キリシタン遺産記念館は、時間の関係で行けなかったのが残念でした。
住所:〒859-2412 長崎県南島原市南有馬町乙1395番地
電話番号:0957-85-3217
もし、島原城と原城を見学するなら、前もって温泉旅館予約が無難です。
諫早市から島原城に行くには、有料道路が部分開通で無料ですが、直ぐに一般道に降ろされます。
一本道なので、地元民以外は裏道走行はお薦め出来ません。
海の幸は美味しいですが、なかなかお店が無いので、見つけたら飛び込むのがお薦めです。
島原鉄道は可愛いので、鉄道好きなら是非海沿いの景色を堪能して下さい。
車だと鉄道を挟むので、海の景色は堪能出来ません。
島原城から原城までは一般道のみです。
原城まで有料道路が延伸されるかは?です。
お城見学後は温泉を堪能してから、島原半島を北上し山道を堪能、途中の温泉湯気の多さにびっくりしながら、20時過ぎていたので、諫早市内の大通りまで食事処が無くて苦労しました。
距離優先で無く海岸沿いの部分開通(現在無料)で作り掛けの有料道路をネットで調べて走行が諫早市に戻るのは早いみたいです。
島原 熊本 フェリーが2時間毎(1100円)に出ているので車で熊本より早く安くて便利です。
写真は、原城・大手口/三ノ丸跡/二ノ丸跡/天守跡/空堀跡/本丸正門桝形/埋門跡/本丸門跡/池尻口門跡/本丸門跡/四郎家/本丸跡/天守跡/天草丸跡/天草丸跡。
_2019年04月29日
長崎県南島原市南有馬町乙
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================HPより==============
原城(はらじょう・はるのじょう)は、長崎県南島原市南有馬町乙にあった日本の城で国の史跡。
別名、春城、志自岐原城、日暮城、有馬城。
2018年6月30日に世界遺産登録が決まった長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産の構成遺産である。
島原半島の南部に位置し、明応5年(1496年)、日野江城の支城として有馬貴純によって築かれた。
有明海に張り出した丘陵にあり、本の丸、二の丸、三の丸、天草丸、出丸などで構成されていた。
有馬氏が日向国延岡城に転封となった後の、元和2年(1616年)に松倉重政が日野江城に入城するが、一国一城令の影響もあり不便な日野江城を放棄し島原城を築城した。
この際に原城も廃城となり、石垣や構築物も転用されたとされる。
寛永14年(1637年)から寛永15年(1638年)にかけての島原の乱の後に、幕府は原城跡に残存する石塁などの破却を行っている。
1938年(昭和13年)、原城跡は国の史跡に指定された。発掘調査の際には、惨殺された一揆軍の遺骨や鉛の弾丸、クルスの他、万人坑が出土している。
2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(188番)に選定された。
住所: 長崎県南島原市南有馬町乙
電話 : 0957-76-1800
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