因幡・鳥取城
チャーハン状の天球丸の石垣が珍しい山城
2020年04月08日

●2019年11月14日①福知山城再び(39枚撮影20分)57箇所目~兵庫県➁篠山城(289枚撮影1時間57分)114箇所目~③出石城・有子山城(197枚撮影2時間6分)115箇所目~鳥取県④鳥取城(265枚撮影1時間40分)116箇所目。
●11月15日・島根県⑤松江城再び(266枚撮影1時間39分)6箇所目~⑥月山富田城(411枚撮影3時間14分)117箇所目~鳥取県⑦米子城(234枚撮影1時間50分)118箇所目。
●11月16日・岡山県⑧備中松山城再び(413枚撮影3時間36分)13箇所目~⑨備中鬼ノ城(294枚撮影2時間12分)119箇所目~兵庫県⑩赤穂城(254枚撮影1時間57分)120箇所目。
●11月17日⑪龍野城(364枚撮影3時間24分)121箇所目~大阪府⑫千早城(126枚撮影2時間42分)122箇所目。
●11月18日・奈良県⑬高取城(394枚撮影2時間54分)123箇所目~⑭大和郡山城(232枚撮影1時間33分)124箇所目~三重県⑮伊賀上野城再び(65枚撮影50分)88箇所目のお城巡りに組み入れました。
2019年諦めた山城を、2021年有子山城の山城制覇と鳥取城山城制覇に再訪問しました。
また山ノ上丸制覇と中ノ門大手門が復元されたので、再度訪問しました。
2021年3月25日21時30分出発~
●2021年3月26日大坂城再び(233枚撮影・2時間4分)4箇所目~勝竜寺城公園再び(154枚撮影・1時間47分)142箇所目~亀山城(84枚撮影・52分)154箇所目~黒井城(199枚撮影・2時間13分)155箇所目。
●3月27日鳥取城再び(333枚撮影・2時間52分)116箇所目~有子山城再び(240枚撮影・3時間18分)115箇所目~園部城(113枚撮影・1時間3分)156箇所目。
●3月28日天橋立再び(21枚撮影・42分)~田辺城(167枚撮影・1時間16分)157箇所目~小浜城再び(資料パンフレット捜し3箇所)(13枚撮影・61分)139箇所目~金沢城再び(286枚撮影・2時間8分)25箇所目。
●3月29日鳥越城(本丸直下迄車+資料館・市庁舎分署・10km離れた観光センター)(190枚撮影・1時間52分)158箇所目~佐柿国吉城(162枚撮影・1時間31分)159箇所目~金ヶ崎城(131枚撮影・1時間4分)160箇所目~小谷城・山頂/別尾根(前回4時間22分大手道は整備・清水谷は未整備多い、今回3時間20分清水谷~山頂~山崎丸ルート・未整備でNo.1)125箇所目。
●3月30日彦根城再び(344枚撮影・2時間39分)12箇所目~観音寺城再び(246枚撮影・2時間37分)138箇所目~水口城再び(173枚撮影・59分)144箇所目~水口岡山城(30近い曲輪だけど遊歩道整備)(249枚撮影・1時間50分)161箇所目~桑名城(118枚撮影・1時間8分)162箇所目。
●3月31日玄蕃尾城・主郭(最初の500m急坂)(178枚撮影・2時間52分)163箇所目~賤ヶ岳の戦い・玄蕃尾城砦/東野山城砦(砂利道林道等登城口が判らず頓挫・もし制覇していたらNo.1)~美濃金山城(森蘭丸公園として遊歩道整備で楽)(342枚撮影・3時間36分)164箇所目と追加3箇所と諦めた砦跡2箇所を入れて21箇所訪れました(砦跡の玄蕃尾城と東野山城は入口不明でパス)。
写真編集後に1回目と2回目の見学写真をシャッフルし並べ直して520枚アップとなりました。
城郭図をダウンロード/パンフレットをスキャンで56枚増えたのに74枚重複や低画質で使わない写真が有り苦労しましたが、何とか完成しましたので見てやってください。
鳥取県鳥取市に有るチャーハンのように御飯をひっくり返した状態の天球丸石垣が珍しいお城です。
到着時間が遅くなったうえ、雨が降りだしたので山上の遺構は、照明が無く諦めて途中で帰りました。
最初に駐車場前の博物館で100名城スタンプとパンフレットをゲット、見学してから水堀回りを撮影。
天皇行幸記念の洋館は、お城に不釣り合いなので敷地外が良いと思う。
若い二人の女の子が、お城を見ずに洋館を見て帰って行った。
さて本題のお城敷地内見学は、愛車後の復元門から入り門跡や櫓跡を撮影してから、チャーハン状態の石垣を撮影して、いざ山城頂上を目指したが、照明の無い暗い道は危険なので、100m程でUターンし高校校門付近の門跡石垣を撮影して駐車場に戻りました。
山頂まで行けなかったが、20代の若者がランニングで片道20分とか言っていましたが、俺の足だと撮影込み45分+帰り道30分とみている。
麓の遺構だけで100分だから、普通の人だと3時間半コースでしょう。
山頂に行けなかったので、満足感70点です。
2021年に門が復元予定なので、合わせて山城を攻略します。
当日は、ナビの指示で麒麟が来るの明智光秀の居城が有るICで降ろされたので、市役所裏側の福知山城伯耆丸から撮影して、篠山城に向かいました。
そこからは、下道オンリー出石城&有子山城~鳥取城に向かった。
もし、姫路城や竹田城に行ってなければ、併せて見学がお薦めです。
竹田城は、朝7時前に竹田駅から車で10分、向かいの立雲峡から撮影してから駅に戻り、そこからはバスかタクシー麓の仮門に行くか、駅から歩いて山頂を目指すかは、体力と予定を考え選択してください。
片道35分程度で登れます。
関連リンクよりフォトギャラリー検索で、写真を見てください(2021年4月30日頃よりアップ予定)。
===============HPより==============
別名は久松山城という。
戦国時代から江戸末期にかけての城郭形態の変化を窺うことができることから「城郭の博物館」の異名を持つ。
織田信長の中国攻めでは、家臣の羽柴秀吉が兵糧攻めを用いて攻略した。
開城後、入城した宮部継潤によって山上ノ丸の改修が行われ、江戸時代には鳥取藩池田氏の治下に入り、麓の二の丸以下の曲輪が拡張された。
現在は天守台、石垣、堀、井戸などが残っている。
構造
標高263メートルの久松山頂の山上の丸を中心とした山城部、山麓の天球丸、二の丸、三の丸、右膳の丸などからなる平山城部からなる梯郭式の城郭とすることができる。
さらに西坂・中坂・東坂などの尾根筋には戦国期の遺構が数多く残されており、戦国時代から近世、さらに幕末までの築城技術が一つの城地に残る城跡である。
藩政期の鳥取城の建造物については、数多くの古絵図が残されているほか江戸後期の鳥取藩士岡嶋正義の『鳥府志』に詳しく記述されている。
山上の丸
天守、車井戸、御旗櫓、着見櫓、多聞櫓などの建物があった。東方に二の丸・三の丸と見なすことのできる2段の郭がある。
本丸西方の一段下には出丸があり、下段の御櫓のほかに馬場も設けられていた。
所在地:鳥取県鳥取市東町
別 称:久松城
築城年:天文14年(1545)、慶長5年(1600)
築城者:山名誠通(まさみち)、池田長吉
形 式:平山城
遺 構:天守台、城門、石垣、堀
住所: 鳥取県鳥取市東町
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