下総・佐倉城

2018年8月25日RE雨宮に行く途中に寄った、下総・佐倉城跡(鹿島城)(108枚撮影・1時間28分)55箇所目です。
平城で田んぼに囲まれた、関東のお城の定番である石垣を使わない、空堀と関東ローム層を利用した造りです。
植物園があるけど、日本軍施設跡なんて観たく無い物は撤去して欲しい。
100名城スタンプが離れた場所に有り、本丸はただの芝生広場です。
門跡に石垣が有るだけで、城跡にしては寂しいものです。
水堀は石垣も無いので、雨宮に行くオマケで行きました。
せめて櫓1つでも有ったらと思うばかりです。
約500 x 500mと広いので、夏場は大変でした。
100名城でなければ、決して行かないお城です。
108枚撮影して90分で見学は終わりです。
普通なら110分コースです。
外堀へは約20mアップダウンが有りますが、他は楽勝です。
近くの水郷とセット観光で、門跡から入り本丸を見てスタンプを貰い30分で充分です。
写真は、ここしかない石垣が残る、佐倉城跡・愛宕坂の田町門跡付近の愛車。
_2018年08月25日15時54分
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下さい。
=================HPより==================
佐倉城は、鹿島山(標高30メートル)の西端部に築かれ、西側と南側を囲みこむように鹿島川とそれに合流する高崎川が流れ、北側には印旛沼に至る低湿地が広がっていたとされる。
戦国時代、本佐倉城主千葉親胤が大叔父にあたる鹿島幹胤に命じて築城を開始したが、親胤が暗殺されたために工事は中断、千葉邦胤の代にも工事が試みられたが邦胤の暗殺によって頓挫、いつしか築城予定地には鹿島親幹にちなんで「鹿島台」と呼ばれるようになったとされる。
1610年(慶長15年)に、徳川家康の命を受けた土井利勝によって築城が再開され、佐倉城が完成した。
1962年(昭和37年)3月28日に市の史跡に指定され、現在跡地は佐倉城址公園として整備されている。
城の北西端に国立歴史民俗博物館が建っており、東端には出土遺物や明治初期撮影の城門・櫓の古写真、城の模型が展示され、日本100名城スタンプが置かれた佐倉城址公園センター(佐倉城址公園管理センター)がある。
本丸、二の丸、三の丸やさらにその外縁部の椎木曲輪、天神曲輪などの多くの郭の形状が広大かつ良好に残る。
また、巨大な馬出空堀や天守跡、銅櫓跡の土塁形状や水堀に守られた西出丸、南出丸の形状なども良好に残っている。
佐倉連隊の弾薬庫跡、訓練用施設などの遺構も残存している。
城跡は佐倉城址公園として整備されている。
https://www.city.sakura.lg.jp/0000000987.html
住所: 千葉県佐倉市
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