越後・新発田城

2019年7月末、3月末の吹雪で行けなかった東北地方日本海側のお城巡り3に行ってきました。
●初日・7月27日・盛岡城(252枚撮影・2時間21分)94箇所目~久保田城(171枚撮影・1時間20分)95箇所目~秋田城(97枚撮影・67分)96箇所目~五城目城(53枚撮影・31分)97箇所目。
●2日目・7月28日・横手城(180枚撮影・1時間30分)98箇所目~山形城(199枚撮影・1時間40分)99箇所目~上山城(156枚撮影・1時間33分)100箇所目~米沢城(115枚撮影・57分)101箇所目。
●3日目・7月29日・新発田城(186枚撮影・2時間20分)102箇所目~春日山城(260枚撮影・2時間27分)103箇所目~高田城(164枚撮影・1時間35分)104箇所目。
●4日目・7月30日・松代城(海津城)(251枚撮影・1時間30分)105箇所目+川中島古戦場+善光寺と12箇所行けました。
秋田県と山形県と新潟県のお城巡りに、天守が有る物をメインに選びました。
★2022年GW北海道東北お城巡りにて訪問。
●2022年04月26日~27日大洗~苫小牧フェリー18時間+待ち時間3時間半~車移動332km6時間。
2022年04月28日蝦夷・福山城(松前城)(452枚撮影・4時間7分)186箇所目~蝦夷・五稜郭(456枚撮影・3時間38分)187箇所目~青函フェリー待ち時間込7時間。
●4月29日陸奥・浪岡城(139枚撮影・1時間48分)188箇所目~陸奥・弘前城再び(362枚撮影・3時間34分)68箇所目~三内丸山遺跡(256枚1時間21分)。
●4月30日陸奥・根城(420枚撮影・2時間33分)189箇所目~陸奥・三戸城再び(385枚撮影・2時間55分)69箇所目~陸奥・九戸城(301枚撮影・1時間41分)190箇所目。
●5月01日陸奥・多賀城(235枚撮影・2時間24分)191箇所目~陸奥・仙台城再び(194枚撮影・2時間51分)43箇所目~出羽・山形城再び(165枚撮影・1時間43分)99箇所目。
●5月02日出羽・米沢城(上杉神社)再び(313枚撮影・2時間8分)101箇所目~越後・村上城(428枚撮影・4時間43分)192箇所目。
●5月03日越後・新発田城再び(178枚撮影・3時間36分)102箇所目~陸奥・会津若松城再び(2回目スタンプと北出丸メインに)(460枚撮影・3時間58分)46箇所目。
●5月04日陸奥・向羽黒山城(233枚撮影・2時間30分)193箇所目~陸奥・桑折西山城(194枚撮影・1時間51分)194箇所目。
●5月05日陸奥・二本松城再び(3回目)(310枚撮影・2時間20分)45箇所目~陸奥・三春城(253撮影・2時間3分)195箇所目~陸奥・白河小峰城再び(311枚撮影・2時間47分)66箇所目。
●5月06日上野・岩櫃城(156枚撮影・3時間10分)・196箇所目~上野・箕輪城再び(251枚撮影・3時間15分)133箇所目~上野・一郷山城・模擬天守(お城と無関係のばったもん)(59枚撮影・16分)197箇所目(100名城以外)~上野・高崎城再び(53枚撮影・39分)36箇所目(100名城以外)とお城23箇所巡れました。
まず櫓が3つある新発田城を選択、上杉謙信の居城春日山城、三重櫓の越後高田城である。
何と言っても木造復元櫓と現存木造の櫓と門ある新発田城は、山形県に近い北部に有ったのがイイ。
満足感は90点です。
自衛隊基地内と三の丸の櫓跡と門跡をキチンと撮影し直したいです。
2回目は標柱/説明板が建てた業者の人が撤去に来たようで個人宅は判るが、新潟日報、裁判所前、検察庁前まで撤去されて苦労して右往左往しました。
しかし何とか目標の本丸以外の二の丸/三の丸の櫓跡門跡撮影が出来て満足感90点です。
春日山城と高田城は横に長い新潟県なので、約150km移動に時間が掛かるし、山城の春日山城には魅力は少ない。
村上城や福島県のお城とセットがベストだ。
新発田城の本丸は軍隊から自衛隊に敷地が接収されたままなのが痛い。
関連リンクのフォトギャラリー検索に貼ったリンクのフォトギャラリーの写真を見てください(2022年分写真は2026年6月頃アップ予定)。
===================HPより==============
新発田城(しばたじょう)は、越後国蒲原郡新発田(現在の新潟県新発田市大手町)にあった日本の城。
別名、菖蒲城(あやめじょう)。
新発田藩の藩庁が置かれていた。
城の北部を流れる加治川を外堀に利用した平城であり、本丸を中心に北の古丸と南の二の丸で囲い、その南側に三の丸を配する構造であった。
現在は本丸の一部を除く全域と古丸全域、二の丸の一部が自衛隊駐屯地として利用され、本丸南側の石垣と堀、櫓門の本丸表門と二重櫓の二の丸隅櫓が現存。
三階櫓や二重櫓の復元建築がある。
現存建築がある城跡としては新潟県内では唯一である。
また、石垣は本丸の表門側のみに前面乱積みの石垣がもちいられ、他は腰巻石垣や土居であったと考えられている。
最初に城が築かれた時期は不明だが、鎌倉時代初期に幕府設立に戦功のあった佐々木盛綱の傍系である新発田氏による築城と考えられている。
長年に渡って城郭の復元を住民等に望まれ、近年より、明治初頭に撮影された古写真などを資料として考証・設計された在来の伝統的手法による復元の計画が進められ、2004年(平成16年)に三階櫓と辰巳櫓が復元され、辰巳櫓のみ、同年7月から一般公開されている。
2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(31番)に選定された。
住所: 新潟県新発田市大手町6
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