武蔵・小倉城跡
比企郡城館群・関東で石積の有るお城
2023年01月26日

●2022年12月15日武蔵・菅谷館跡再び(203枚撮影・1時間36分)153箇所目(博物館見学、前回暗い場所再撮影)~●武蔵・杉山城再び(89枚撮影・59分)152箇所目(東二の郭、東三の郭撮影)~●武蔵・小倉城跡(98枚撮影・59分)199箇所目~●嵐山渓谷~●武蔵・松山城跡再び3回目(120枚撮影・53分)。
菅谷館跡と杉山城のオマケで行ったお城です。
嵐山町役場で江戸城日比谷公園を設計した人が嵐山(らんざん)渓谷を見て、京都の嵐山(あらしやま)渓谷に似ていると言うので名付けた言う名勝と関東では珍しい石垣(石積)を使用したお城と言うのでセットで見学に向かいました。
嵐山渓谷のお陰で、東武東上線の駅名が菅谷駅から武蔵嵐山駅になりました。
また村から町になる時に菅谷村から嵐山町になったとの事。
さて本題の小倉城跡は、九州の北九州市の小倉城が有名で、こちらは武蔵・小倉城と呼ばれています。
石垣が有ると言うので数箇所確認しましたが、瓦状の石を積んで有るだけです。
俗に言う穴太衆の石垣とは違うのでガッカリしないように。
また発掘調査中で北郭群や桝形虎口前の郭、郭3と郭1周りは立入出来ないようですので、2025年頃に全貌が見えると予想しますので、HPを見て見学してください。
私的に最初の登りがキツイがあとは楽です。
満足感75点ですが、2度目の訪問予定は有りません。
ナビ設定は嵐山渓谷か大福寺が良いでしょう。
目標は嵐山渓谷(右/東)を西に向かいの登城口の大福寺駐車場です。
https://www.town.tokigawa.lg.jp/info/1161
写真は、北から見た、武蔵・小倉城跡・郭1(本郭)北腰郭・一の門跡・桝形虎口石垣(4)。
_2022年12月15日13時22分
関連リンクよりフォトギャラリー検索より2025年頃96枚アップ予定です。
=============HPより=============
https://www.town.tokigawa.lg.jp/info/1161
小倉城跡(おぐらじょうあと)にかかわる同時代の確実な文書は発見されていないが、江戸時代の『新編武蔵風土記稿』では、戦国時代の関東に覇を唱えた小田原北条氏の重臣遠山氏を城主として伝えています。
また、『武蔵志』では遠山氏、或いは上田氏とも伝えています。
小倉城は、攻守一体で様々な工夫が凝らされた削平地をつらねた戦国時代の山城で、通称城山と呼ばれる山の山頂から中腹にかかえて所在している。
主尾根上に本丸に相当する郭1と二の丸に相当する郭2を並べている。さらに出郭として、郭3を南東側、郭4を南西側に配置する。
南東側麓にある大福寺平場付近が居館と目され、空堀跡が残る。
2008年(平成20年)3月28日、すでに国の史跡に指定されていた菅谷館跡(嵐山町)に、松山城跡(吉見町)、杉山城跡(嵐山町)とともに追加指定され、「比企城館跡群」の名称で一括して国の史跡に指定された。
住所: 埼玉県ときがわ町大字黒田字城山1184
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