
元来流体接手は、ギヤ変速と違って無段階に変速出来るのが特徴であった。
つまり、滑らせながらトルク伝達をするための接手だったのである。
ミリオタ的に有名どころでは、ダイムラーベンツDB601、DB605、DB603の倒立V12気筒航空エンジンは機械式スーパーチャージャーが主流の時代に過給器は無段階流体接手であった。
つまり、ストール比の大きな流体接手(フリュードカップリング)が、ギヤ式変速機を介すことなく遠心式圧縮機にエンジン回転を伝達していたのである。
シフトレバーとクラッチを使ってガチャガチャ変速するのは面倒臭いと考え、これを自動にしてしまえという思いは自動車黎明期の時代からあったようだが、これを実用化し瞬く間に普及したのは米国である。
大昔から贅沢なほどの大排気量でトルク重視のエンジンを用いていたアメ車は、その潤沢なトルクを使って簡便に扱える変速機を求めたが、それが流体接手であった。
フリュードカップリングの滑りにより、スタートから巡航まで無段階に変速する原理を使用するにはそれなりのエンジントルクが必要であるが、そのような大排気量のエンジンを一般的に採用していたのは米国車しか無かった。
その後、ストール比の大きなフリュードカップリングの滑りだけではさすがに効率が悪いと考えた米国メーカーは、これにトルク伝達をいちいち断続しなくても変速可能な遊星ギヤを組み込み、さらには流体接手の滑りがトルクを増幅させる作用があるトルクコンバーターを採用、これを自動変速機にしたのが現在のATミッションである。
米国のGMは、1940年に世界初のATミッションをオールズモビル用に開発し販売したが、このときのATミッションはトルク増幅のないフリュードカップリング+遊星ギヤの4速ATであった。
その後、トルクコンバーターを利用してトルクを増幅し、逆に変速ギヤは少なくしたものがGMから1948年に市販化された。
ベンツは長らくトルクコンバーターを使わないフリュードカップリング+複数組の遊星ギヤのATミッションを採用してきたが、他社は乗用車用には軒並みトルクコンバーター+少数段のギヤボックス方式ATミッションを採用、ストール比の小さなトルコンを利用して変速段数が少なくてもスムーズに変速出来るものが好まれたが、これはひとえに流体接手の滑りを利用するものであった。
と、ここまではジャトコの「ATの歴史」を参照して適当にまとめて書いたのだが、これを読んでいくと、ベンツは長らくMT文化であった欧州内でも受け止められるATとして、多段方式のATミッションを当初から選択していた節がうかがわれる。
欧州民族は現在でもそうであるが、トルコン特有の滑り現象を非常に嫌い、その伝達効率の悪さがそのまま走行性能にも影響することを否定してきた。
これはひとえに米国とは違って小排気量のエンジンが主流であったことが原因だが、広大な米国とは違って各国が隣接し合う狭い欧州大陸では大きな排気量のエンジンは不経済であったこと、大昔からの町並みが多い欧州では小型車でないと狭い市内道路を走りづらいこと、生活文化に密着した小型車のメンテが多分にDIY化していた欧州民族に、ブラックボックスと化したATミッションは手に余った等の原因が考えられる。
一方、日本の自動車文化は欧州のそれと似通っていて、国土の関係からやはり小型車が当初は全盛となったが、一旦モータリゼーションが普及してからは不思議に米国式ATミッション文化が根付いていく。
これはいかにも日本的な、「アフターサービスの徹底化」を第一に考え、全国津々浦々にサービス網を展開していった日本自動車メーカーのおかげであろう。
欧州と違い、道路網インフラ整備が自動車の普及率より常に遅れた日本では、自動車の平均速度自体も欧州のそれより遅く、トルコンの伝達効率の悪さより慢性渋滞路でもクラッチを踏むことなく楽に運転出来るATミッションの方を国民は望んだのである。
しかし、いくたのオイルショック時代を経て、今や第3のオイルショック時代となってしまっている現状と、Co2の排出規制が厳しくなってきた昨今では、当然のごとく前にも増して省燃費がことさら声高に叫ばれるようになってきたが、滑らせてトルク伝達するのが基本のATミッションはまさに時代に逆行する変速機となってきた。
滑ってトルク伝達するということは、当然無駄にエンジン回転を上げるということであり、常にエンジンと直結するMTと比較したら余分にガソリンを食っているのは当たり前である。
これを克服するため、加速時はともかく巡航状態になったら流体接手を介さず、MT同様エンジンとミッションを直接つないでしまおうと考えたのがロックアップ機構であり、数10年ほど前からトップギヤの時だけロックアップするATミッションが世に出てきた。
しかし、これだけでは省燃費に関して不完全であり、従来の圧力スイッチ等メカに頼っていた変速制御が電子制御に取って代われるようになって以降、状況に応じた細かい制御が次第に可能となっていく。
現行では、CセグメントないしはDセグメント以上のグレード車種では全段ロックアップが普通であり、トルクの薄い低回転時には半クラッチ制御をすることでトルコンの滑り量を最小限に抑えることも実用化されているが、そもそも流体接手の必要性がここまで来ると気迫になってきていることも事実である。
CPUの演算速度が非常に速くなり、どんな状況でもリアルタイム演算して細かい制御を可能となった現在では、流体接手の冗長性が逆にもどかしいものになってきたと言えないこともないのである。
とはいえ、トルコンATの普及率はMTのそれを遙かに上回っており、今や2ペダルが当たり前となってしまった時代にクラッチペダルを必要とするMTに回帰出来ないドライバーは無数に存在する。
では伝達効率をMT並みに向上し、なおかつ流体接手の冗長性と操作性を持たせるにはどうしたら良いかと考えて作られたのが現行のツインクラッチタイプの2ペダルMTである。
奇数段と偶数段の出力軸を最初から分離し、これを同軸状に配することによって変速を瞬時に可能とするという機構を考え出したのは、驚くべきことに未だトルコンATが全盛の米国メーカーであるボルグワーナー社である。
従って、同心円状の二重湿式多板クラッチ機構とその出力軸ユニットまではボルグワーナー社が供給しているか、またはライセンス生産ということになり、そこから先の変速機構は各変速機メーカーの生産となっている。
但し、いち早く商品化をしたのはVW-AUDIであり、その周辺特許は共同開発のZF社と共に多数所有しているようだが、ツインクラッチ自体の基本特許はボルグワーナー社なのだ。(と、どっかの自動車雑誌には書いてありましたがそれ以上の裏は取っておりませんあしからず)
さて、流体接手を廃することで真っ先に浮かぶ問題点は停止からのスタート時である。
流体滑りを使用するトルコンは、ブレーキを踏むことで駆動力伝達を止めていても実態はエンジン出力をつないだままでスリップしているわけだが、これを普通の乾式クラッチで行えば簡単にクラッチはすり減ってしまう。
しかし、湿式多板クラッチはこういう冗長性に於いて流体接手並みに長けており、締結力の強弱で任意にトルク伝達の調整が可能という長所を持つ。
つまり、滑る度合いをクラッチの締め加減で制御可能なわけで、しかも滑りっ放しでも乾式クラッチより摩耗の度合いが遙かに少ないという特徴を持っている。(結局は摩耗するのだが、その寿命は今や制御方法の巧妙化によってATミッションの寿命並みに長くなっているということ)
CPUの巧みな制御により、トルク伝達が%単位でしかも100分の数秒台で任意に可変可能となった現在、停止時に湿式多板クラッチをトルコンスリップのように僅かにつなぐことは朝飯前で、AT特有のクリープ状態を人為的に作り上げることによって、運転者はトルコンATとツインクラッチの区別が付かないよう工夫されている。
しかも、一旦スタートすればクラッチは瞬時にMT同様完全締結され、トルコンのような滑りも出さずに100%の伝達効率で車を動かすことが出来るようになった。
変速も同様に100分台のタイムラグで可能だが、これを常時行うと変速ショックが伝わりATに慣れた一般運転者にはそのショックが不評となるため、あえてクラッチを滑らせショックを緩和するような冗長性制御も取り入れている。
ツインクラッチ実用化の先駆者であるVW-AUDIは、今や最も伝達効率を重視すべき小型車へトルコンATに替わってDSGを普及させる方向へ動き出した。
これこそツインクラッチの最終目標であり、これによる省燃費効果は余剰出力のある大型車のそれを数倍上回る効果を挙げる。
さらにツインクラッチ方式は、トルコンATより基本的に製造コストが廉価で済むというメリットさえ持っているはずなのだが、現状では生産数の差からまだそこまでには至っておらず、むしろ変速速度の速さと伝達効率の良さを強調してスポーツ車種に高価なオプションとして優先的に供給されているが、本来はATよりコストダウンが可能というおかげで大きな付加価値をメーカーが享受出来るというメリットまで生んでいるようである。
ちなみに、上述したVWの小型車用DSGは、許容トルクの制限とコストダウンのために乾式クラッチを使用しているが、摩耗に弱い乾式クラッチをあえて採用した背景には、今や乾式でも微細なトルク制御が可能になって摩耗度合いを著しく減少可能と出来るノウハウが付いたからに他ならないのであろう。
大きく、重く、複雑で高価なトルコンATは、電子制御技術の進歩で飛躍的な性能向上を果たしていることも事実だが、今やその存在性は新技術であるツインクラッチに取って代わる段階にまで差し掛かっているといって過言ではない。
未だターボ車やスーパーチャージャーを搭載する大排気量で大馬力車の巨大トルクを許容するには流体接手の存在が不可欠ではあるが、これも近い将来にはツインクラッチに取って代わるのは間違いない。
もっとも、内燃機関エンジンが完全に電気モーターに取って代わってしまえば、もはや変速機とクラッチ自体が不要となる時代になるのであるが、それはもうちょい先まで延ばして欲しいと考えるのはエンスーのわがままな希望であろうか。