
M5もX6M同様のV8+ツインターボとなり、結局はM独自のエンジンからBMW-AGが作るエンジンをチューンしただけという状況に戻ってしまったわけだが、これには環境問題が絡んでいるから仕方ないとはいえ、寂しい思いがするのは車好きなら誰でも一緒だろう。
大排気量高回転型NAがCo2排出量削減をクリアー出来ないのは避けようのない事実なのだが、どの車も小排気量エンジン+過給器の方向へ一斉に走っている現在、車を走らせる=エンジンをブン回すという本来の快感はドンドンと希薄化していることは否めない。
とはいえ、BMWのどちらかといえば奇をてらった車作りは未だに健在で、新型エンジンもあえて上級車種用のV8エンジンから過給器付き専用エンジンとしてしまったところが潔い。
現行V8+ツインターボエンジンであるN63B44Aは、2008年発表のE71X6から初めて搭載されたエンジンだが、自動車工学の常識を敢えて覆した吸排気系設計を取り入れ量産に持ち込んだという、実にエキセントリックな構造だということは以外に知られていない。
おそらくこのエンジン図面を工学部自動車学科の学生が引いたとしたら、これを見た教授は「君~、こんな基本的なことが分からんようじゃ自動車なんて作れんぞ!はい、赤点!」となるのは間違いないが、現在では赤点を付けた教授の方が超ボンクラでアホということになるのだ。(少なくともBMWでは皆そう言うだろう)
今までのV型エンジンでは、Vバンク内から吸気、両サイドのVバンク外側へ排気というのが燃焼型エンジンとしては唯一無二の構造であった。
何故ならVバンク内へ排気しようものなら、エキゾーストパイプが灼熱するくらいまで高温の排気ガスが
狭いVバンクの中を通るわけで、しかも左右バンクからのエキゾーストパイプが互いに密接するのだから、左右シリンダブロックの冷却性に大きな影響を及ぼすどころか、場合によってはエンジン火災に陥っても不思議ではない。
排気は互いに熱干渉しない左右外側に出し、速やかに排出するのが基本中の基本で、これはBMW以外の世界中の自動車メーカーは今でも頑なにこれを遵守している。
ところが、X6登場と一緒に公開されたエンジン写真を見てぶったまげた!
素人目に見ても吸気が外バンクから、排気がVバンク内にしか見えなかったからだ。
「うむむむ、、、これはど~考えてもおかしい!おかしすぎる!とうとうBMWも逝ってしまったのか?」と、最初は唖然としたが、よくよく写真を眺め回してみるととてつもなく画期的であることが分かってきた。
まず、この新型V8エンジンはターボ過給器付きがデフォルトで、NAとしては一切考えていないこと。
従来考慮されている吸気の脈動(各気筒の干渉)対策をターボ付与前提で全く無視していること。
ターボラグを極力排除するため、過給器からシリンダへの吸気経路を極力短縮していること。
つまり、端からターボありきで考えていくとこれが最も理想系な吸排気系設計だと突き詰めた結果の産物なのだった。
N63エンジンは、まずVバンク内に向いた左右エキゾーストから排気が出て、バンク内前方にある2個のターボチャージャーへ左右別々に排気が入る。
ターボで圧縮された吸気は、それぞれVバンク左右前方にペタッとくっついている弁当箱(水冷式インタークーラー)に入り、直ちに冷却されて充填率を上げる。
実は最初のミソはここで、ターボ過給された吸気からインタークーラーまでの距離は僅か数10㎝しかなく、従来の空冷式インタークーラーのようにわざわざ前方のフロントノーズまでの長い距離を吸気が往復しない。
即ち圧縮された吸気の移動距離は従来の数分の1以下、下手をすると1/10に近いくらいで、これはとりもなおさずエンジンレスポンスに多大なる効果をもたらす。
特に低回転域のような排気流量や流速が少ないときは尚更吸気経路の距離は効いてくるが、これに関しての対策としては群を抜いたブレイクスルーだといえる。
左右独立して圧縮冷却された吸気は、直ちに左右Vバンク外側のインテークマニホールドへと運ばれるが、これも距離は僅か数10㎝であり、しかもターボで圧縮された時点で吸気の脈動はNAと違い無視して良い。
このように、誰が考えても過給式エンジンとしては最も効率が良い吸排気系なのだが、逆に言えば最も排熱効果を無視した設計であることも間違いない。
これに対し、BMWは徹底的な排気系の熱対策を採っており、最も熱がこもるVバンク内のターボ周りは水冷配管が施され、しかもウォーターポンプはいち早く電動化されてエンジンストップしても冷却水の循環はしばらく止まらない。
つまり、昔良くターボ車に後付けされたターボタイマーを電動ポンプが肩代わりしているのだ。
従って、ターボ軸受けがエンジンを停めると冷却が止まって高温で焼き付くという心配も無い。
このような思い切った設計はよほどの覚悟がない限り不可能なのだが、幸いにも自分の車は既に3度目の猛暑を迎えているとはいえ、オーバーヒートやターボの焼き付き症状は一切出ていない。
BMWというのは、ドイツにありながらも昔から斬新な設計を追求するのが好きなメーカーで、この辺はベンツとは対極にあるのかも知れないが、自動車メーカーとしてはベンツより後発とはいえ、実は大戦前から航空機用エンジンメーカーとして老舗ベンツに並ばんとしていた。
WW2中、液冷式倒立V12気筒エンジンを作っていたのはベンツとユンカースであり、BMWは空冷式星形14気筒エンジン一辺倒で、代表的なBMWエンジン採用機種としてフォッケウルフFw190戦闘機がある。
戦後しばらくしモータリゼーションが復活してから、BMW2002tiiでいち早くターボ車を世に出したことは我々の世代だと未だ記憶に新しいが、実を言うとBMWはWW2時代の航空機エンジンで最も過給器に泣かされたメーカーであったのも事実なのだ。
Fw190に搭載されたBMW801エンジンは、これより早く出現していたBf109が搭載するベンツ製DB601エンジンより離昇出力が数割大きく、1941年中期から1942年末期までは圧倒的な性能を発揮していた。
当時単発戦闘機で1,700馬力を発生するエンジンを載せた機体はこの時点でFw190以外になく、ロールスロイス・マーリンエンジンを積んだ英国のスピットファイアもMk.Ⅴの状態ではFw190A-3に性能面で全くかなわなかった。
ところが、ロールスロイスはその後2段2速式過給器を実用化し、究極にブーストアップを果たしてマーリンエンジンの性能を大きくアップすることに成功したが、BMW801Dエンジンは戦局が劣勢になり始めた1943年どころか、敗局一辺倒となった1944年になっても1段2速式過給器のままで一向に性能アップを果たせなかった。
航空機エンジンは過給器の能力でエンジン性能が決まると言っても過言ではないが、実を言うとBMWはここでも従来の機械式過給器を越えた排気タービン、即ちターボチャージャーを自社のエンジンに搭載することで一発逆転を狙い、ターボ付きとすることで大幅に離昇出力も高高度性能も上昇したBMW801TJエンジンは1943年末期には実用化の目処が立っていたのだ。
ところが、ターボに使用する耐熱金属のニッケルクロム系レアメタルは当時のドイツでは枯渇し掛かっており、ヒトラーはこの貴重な資源を世界初の実用化ジェット戦闘機であるMe262用エンジンへ優先的に供給するとし、BMW801エンジンのターボ化は土壇場で拒否されてしまう。
その後、BMWは従来の機械式過給器を何とか性能向上すべく努力するが、時既に遅くドイツは敗戦を迎え、BMWはターボのトラウマに陥った。
1970年代に、2002にターボを搭載して市販化したのはこのトラウマを払拭したかったからかも知れないが、その後ターボ車はこの1車種のみの短命に終わり、それから30年に亘ってBMWはターボに手を出すのを止め、ターボの呪縛から未だ逃れられないようにも見えた。
ところが2006年、突如BMWは新設計した直6N54エンジンにターボを載せて発表、さらに2008年にはこれも全く新設計のV8N63エンジンをターボ専用エンジンとして発表し、現在に至っている。
ここへ来て、過去70年に亘るターボの呪縛からやっと解き放たれたBMWは、むしろ他社よりターボ化の加速度が著しいのも、やはり大戦中に被ったターボのトラウマ故かも知れない。
ちなみに、新型M3は、N54(N55)系直6エンジンにツインターボ+ターボのトリプルターボという噂も出ている。
これはおそらくWW2時代に英米航空機エンジンで一般化された2段2速式過給器と同様の理屈で、最初のツインターボで過給された吸気を、さらにもう1基の過給器で(どうやらこれは電動式ともいわれるがそれだとスーパーチャージャーではないか)過給する2段式過給器ということらしい。
これこそBMWとしては、WW2中に量産化を果たせなかった2段式過給器の、実に66年ぶりとなる悲願達成なのかも知れない。
人は制限を課せられるほど、その抜け道を模索して進歩するものなのだ。