
S660、今月にも正式な発表を控え、購入予備軍の方の期待もひとしおかと思います。
残念ながら、私は同じベクトルの車を2台所有する余裕はありませんので、その熱気はヒトゴトとして片づけなくてはいけませんが…
今日は、S660は所謂一般的な「軽自動車」の認識を超える「スポーツカー」足り得るのか?ということを中心にしつつ、横置きMRというエリーゼにも通じる車種そのものについての考察(邪推?)もしてみました
1.加速
車重は発表されていません。ここは推測ですが概ね新型コペン並では無いでしょうか?そうすると850kg前後となります。
MRは車体中心にエンジンの為の大きな穴があり、車重が重くなるという意見もありますが、逆にFF・FRはフロントサスの辺りに大きな穴があるわけで、極端な差では無いと思います。
それに重量物であるエンジンとトランスミッションがほぼ重心点に近く、特に横置きMRは重心点にほぼ隣接して搭載できます。ご存じの通り、曲げのモーメントは支点との距離に比例しますから、必要な剛性値は下がると言えないでしょうか?付け加えるなら横置きはエンジンの後ろにメンバーを設置しやすいのもポイントです。
これは元々鼻の短い現代車のフロントでも使えるように前後長を抑えているFFのユニットを転用している副産物と言えるかもしれません。
例えば同じエンジンを搭載したカプチーノとAZ-1は20kg差でした(AZ-1の方が重い)。軽自動車ではありませんが、同時代に作られたMR-S(970㎏)とロードスター(NBで1010㎏)はほぼ同重量でした。設計の目標設定が似ていれば、車重はあまり差がないと言えると思います。
又、FFはFRよりドライブシャフトが無い為軽量にできますが、現代のフロントエンジン車は衝突時の対人保護のため、エンジンと車体の間に衝突保護の空間が必要のため、MRよりフロントが大きくなり、運転手の下方視界確保の為、着座位置が上昇し、車高が増大、結果クルマの体積が増えます。MRはコンパクトに作れるため、その差は縮められると思います。
そういえばMRの剛性が低いという元ネタで、巷に流れているねじり剛性の数値があります。そこではエリーゼS2のねじり剛性は10,500Nm/degで、フェラーリF430が17,338Nm/deg位とのこと。F430の車重は車検証で1.5トン位で、エリーゼの1.6倍、ホイールベースは1.13倍ですのでまぁ妥当な所。そしてトヨタのスーパーカー、LFAが39,130 Nm/degとのことで、そこだけみればああ、確かにMRは剛性が低いなと思いますが、他の車を見ますと何だか大変な事になってます。
例えば2013年式のケイマンは公称42,000Nm/degで、MRでありながらLF-Aより上になっています。BMWの2003年式ミニが24,500Nm/degでBMW E90(2005年式)が22,500Nm/degと、同年代の同メーカーのクルマで車重も軽く、車体も小さいクルマの方が剛性値が高くなっています。そしてヴェイロンは60,000 Nm/degとのことですが、同じVWグループのパサートが32,400 Nm/deg。1000PSオーバー、2トン、2億円の車が普通のセダンの2倍程しか剛性が無いことになります。大体最新のポルシェ911が約30,000 Nm/degとパサートより低い数値です。この数値を信用するなら、車の操縦性能を計る剛性値はこのような数値だけでは測れないということです。車体設計、車重、ホイールベース、重量物の配置、構造材質、部品毎の取り付け剛性、精度等々の条件の分析と実走での確認で初めて比較できるのではないでしょうか。
では車重を850kgと仮定して、重量級?の車と比較してみましょう。走りに定評のあるスイフトスポーツが車重1034kg、136PS/16.3kgですからPWR7.7、トルクウェイトレシオが63.8となります。これをS660で同じ数値を出そうとすると110ps/13kg程必要になります。もし噂通り100ps越えであれば、恐らくトルクは10~11kgに達すると思います。そこまで行けばギヤ比次第で120km位迄なら互角と言って良いと思います。トラクションの高さとバネ下(ホイール、タイヤ)の軽さが転がりの速さを産み、出足の軽快さでは上回る可能性もあります。
後、MRは静止・加速時の何れでも高い駆動輪荷重があるのも特徴です。FFは静止状態での駆動輪荷重は高いのですが、加速時は下がります。FRは静止時は低く、加速時は高くなります。MRは静止時も高いのですが、加速時は更に高くなります。RRはMRを更に強めたものとなります。それに加え、FR(+AWD車)に比べてドライブシャフトが無い為、伝達効率が高いのも特徴です。これらの理由から、ローパワーの小排気量にとっては駆動輪荷重が常に確保できるMRはメリットが高いと言えます。
2.ハンドリング
S660は軽自動車ですから、全長・全幅は規定通り3400×1480以内です。では全高はどうか?噂では1150mmと言われています。コペンの1280mmと比べて非常に低いだけでなく、現在の国産乗用車で最も低い数値です。(これより低い1090mmの国産エンジン搭載車はありますが、流石にアレと比べるのはどうかと…)フロントエンジンの車でここまで低くするのはドライサンプにでもしない限りほぼ不可能です。MRのメリットを十二分に活かしたと言えます。車高が低いと車体の重心だけでなく、ドライバーの着座位置も低くなり、実運用時の重心も下がります。(軽量車にとってドライバーの重量はバカになりません)カッコだけではなく実性能にもプラスになります。もちろん全高が低いから重心も低いとは言えないのですが、関係のない数値でもありません。例えばかつてのAZ-1は全高が1150mmで重心高が426mm、ビートは全高1175mmで重心高440mmです。86が全高1285mmで460mmですから、車高相応に低いと言えるでしょう。(重心高の数値は各車の計測基準が違うこともあり、直接の性能比較ではありません)重心高を低くすることで、アシのセッティングは理想に近い形にもっていけます。それと低い視線でのドライビングは非日常の感覚を味わえ、如何にも特別な車に乗っているんだという満足感も得られます。この辺りは、1,200mm以下の車高の車を運転した人ならお分かりいただけることかと思います。普通の道路で普通に走ってもまるでレースゲームの画面のような迫力が味わえます。
後、MRの特徴として旋回軸と着座位置(ヒップポイント)が近づけやすいという特徴もあります。これにより、旋回時に自分を中心に旋回し、如何にも小回りの効いた感触が味わえるの特徴になるでしょう。
マツダのロードスターはフロントミドで車体バランスを調整し、ヒップポイントと旋回軸を近づけていますので、リアミッドの車でなくても可能は可能なのですが、軽自動車の全長と車体構成では調整枠が少なく、他形式では困難であると思われます。
ホイールベースは2250mm程度でしょうか?NA・NBロードスターと似た数値です。これだけあれば直進安定性は問題なく、MRであることから転舵直後の動きの良さは相当なものでしょう。
そう言えば世間でよく言われている「ショートホイールベースはコーナリングに優れている」は技術者から言わせると幻想とのこと。ホイールベースの短さはあくまで転舵直後のレスポンスの違いであり、昔と違い、車重に占めるエンジンの相対的重量が低下した現代の車では、極端なヨーモーメントの違いは望めません。基本は車体バランス・足回りの設計がモノをいうようです。但し、旋回の初めは後輪直近に旋回軸があり、その後重心点に移動するとのことで、どちらにも近いMRは原理的には有利と言えそうです。
前後バランスについては、恐らく40:60位に仕上げてくるのではと思います。よく横置きMRはリア寄りに重心が行くとの話がありますが、半分は正解で半分は間違いです。
例えばポルシェケイマンS(PDK)は44:56でエリーゼ(2ZZ・1.8)の38:62に比べて優れたバランスと言われますが、ケイマンは燃料タンクをフロントに持って行くことでそのバランスを達成しています。燃料タンクは燃料の残量で重さが変わるため、できれば重心近くに設置したいのですが、ケイマンは911仕込みのセッティング術で対応できると判断して、フロントタンクを選択したのかもしれません。実際は単に設計の共通化かもしれませんが。
因みにかのフェラーリF458(燃料タンクはエリーゼと同じ座席後方)は車検証上で42:58とのこと。あれだけ高価で評価も高い車でも概ね40:60近辺ですから、特にエリーゼが悪い訳でもないでしょう。更に言えば、大改造をしなくても、エリーゼのバランスは改善できます。2ZZ・1.8NA仕様であればリアを35㎏前後軽くすれば概ね40:60辺りの数値になります。例えばチタンマフラーに交換し、バッテリーを助手席前に持って行くだけで、リアのバルクヘッドより後ろを20㎏軽く出来ます。私のクルマはカーボンカウルやら燃料タンクやらを交換して、バルクヘッドより後方で50㎏程軽くなってます。私の事例はやや極端かもしれませんが、要はコストをかければ改善は可能だということです。
但し、同じエキシージでも最新のV6エキシージは36:64とリア寄りが進行しています。エンジンが大きくなり、車体全体に占めるエンジン+伝達系の重量の割合が上昇、横置き・駆動輪直近の為に縦置きより顕著になるためでしょう。更にヘッド周りに重い過給器を付け、V6であるためにエンジン下にエキパイがあり、重心上昇を免れない構造ですが、ハンドリングの評価は悪くありませんから、現代の車体設計技術を持ってすれば、この程度のバランスならどうとでもなるのかもしれません。まぁRRのポルシェが未だにスポーツカーのベンチマークと言われている時点で既に判っていることかもしれませんが。
軽自動車のエンジンは車体に比べて軽量ですから、無闇にコストを掛けなくても設計次第で良好な数値も可能でしょう。S660の祖先のビートの重量配分は43:57ですから、かなり理想の数値に近かったと言えます。
と色々ライトウェイトMRのメリットを説明したわけですが、市販車として考えた時に考慮しないといけないのは「安全性の確保」です。特にライトウェイトMRは、フロントの接地感が薄く、限界が掴みにくいという特徴があります。フロント荷重の大きいクルマに乗っている時と操縦特性が違うために起こることで、クルマの欠陥ではありません。それにちょっと飛ばしたくらいでは危ない思いをすることはありません。サーキットなら最初から車両特性を理解できない運転者の自己責任ですからいわずもがなです。
しかしメーカーはそうも言っていられません。事故が続発なんてことはできれば避けたい。そこで折角のMRの個性を薄め、強めのアンダーに設定することもあります。そうなると最初はキレの良い回頭の予兆を見せてもその後はアンダーに終始し、思ったより曲がらないクルマになる可能性もあります。ポイントはリアの足回りです。横置MRで軽自動車ですと、リアサスの設計が最難関です。何しろスペースが狭い。後輪が安定すればナーバスな挙動を防げ、セッティングも良い落とし所を見つけやすくなるでしょう。そういう意味ではS660の走りの良し悪しは後輪の足回りの出来にかかっていると言っても良いかと思います。このあたりはホンダの設計能力・セッティングに期待するところです
足回りのセッティングといえば、前後タイヤ異サイズの導入も気になります。MRはクルマの基本特性、安全性の確保の何れの面からも前後異サイズが定番です。ここは是非導入していただきたいものです。因みにショーモデルは、前205/45/16、後215/40/17という見事なショースペックでしたので、参考になりませんでした。現実的には165/55/15&175/55/15位がベストかと思います。見栄えでいけば165/50/16&195/50/16位でしょうか。しかし16インチだと市販タイヤであんまりベストな適合サイズがありません。175/50/16なんてサイズがあればいいのに。それにしてもホイール5穴の噂、本当でしょうか?余りに無意味な選択ですので流石にしないと思いますが…。
以上つらつらと憶測を重ねましたが、結論で言えば「充分期待できる」だと思います。但し、限界性能・トータルバランスでロードスターや86のような普通車に敵うわけではありません。(しかも新型のロードスターは1トン切りを目標にしており、S660にとってはコペンより恐ろしい相手かもしれません。)
これは私見ですが、スポーツカーはそのクルマ固有の「世界」を持つことが重要だと思っています。唯一無二の個性は、他車とのスペックのみの比較という無味乾燥な競争から離れることが可能です。S660は普通車のスポーツカーの縮小版ではなく、コンパクトで軽量な車体を活かし、まるで小径自転車のような転がりの軽さ、機敏さを発揮し、普通車とは違う、独自の世界を切り開いてくれるのではと期待しています。