
GWに入り、平日が休みとなったので、一日かけて山城巡りをする事にしました。
今回選んだのは、高崎市南部にある寺尾地域城と呼ばれている五つの城。
夫々築かれた年代は違いますが、東北を流れる烏川を要害にした、丘陵を利用した地域城として成り立っています。
山名城(寺尾下城)
応永4年(1397)尹良親王の拠る寺尾中城の堡塁として築かれた。
後に、木部氏の要害城として天正18年(1590)まで活動していたと推定されている。
此の城のある山を前城山と云うのは、根小屋城のある城山に対しての呼称で、寺尾下城と云うのは、上城・中城に対しての呼称である。
南の麓に、ハイキングコース用の駐車場が有るので、其処に車を置いて登って行く事をお勧めします。
石段を上ると、山上碑および古墳があります。
山上碑および古墳
山上古墳は、横穴式両袖型の石室を持つ七世紀後半の円墳。
山上碑は、此の古墳の墓碑で古墳の年代・埋葬者が分かる貴重な資料

古墳の左隣に保存管理用の建物が有り、其の中に碑があります。
帰りにまた此処を通ったら、地元の小学生が遠足で弁当を喰らってました。
い 本郭

尾根の一番高い所に本郭で、北東を段々に郭で囲われた囲郭式要素があり、戦国時代の改修されたのがよく分かります。
ハイキングコースなので、ベンチや展望台が設置されてました。
ろ 空堀 其の壱

本郭西側の空堀で、現在は此処から本郭に登れる様に階段が作られてますが、当時は第二郭から木橋で渡る様になっていたと考えられている様です。
は 腰郭

本郭南の腰郭。
南側は、此の東に堀底道があったりと、結構複雑な縄張りです。
に 第二郭

本郭東は、第二郭で南が一段高くなってます。
北東部は、鬼門除けの為か、角欠きになってます。
ほ 空堀 其の弐

第二郭と第三郭の間の空堀。
結構立派な空堀ですが、北に行くと薮が酷い。
へ 第三郭

本郭以外は薮が酷く、第三郭は東に虎口が有るそうですが、分かりませんでした。
山名城は、新田義重の子義範が山名氏を称してから、八代此の城を護ったと云う話が有りますが、時代が違うので嘘の様です。
ただ此の辺りが山名氏の出身地だった事は確かで、麓に山名氏の居館が有ったと考えられている様です。
と 郭

本郭の西側は、小さな郭が幾つも有り、夫々堀切で切られてますが、此処も薮が酷い。
山名城の薮を出たり入ったりしていたら、幼稚園の園児が散歩に来ており、僕を見るなり
「あっ、変態おじさんだ!」
失礼な子供だ(`-´メ)と、思いましたが、まあ、こんな薮の中に入って行くのは、山城変態だろうから、此の子は正しいと納得してしまった…
参考文献:日本城郭大系4、上州の城(下)
本日は此れ切り。
Posted at 2010/05/04 22:00:07 | |
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