2011年03月11日
生きています!
お友達の皆様はご無事でしょうか?
僕はどうにか自宅に帰還しました。
昨日は取材で自宅の近くに来ていました。
そして、さぁ都内の会社に帰ろうかな、その前に腹ごしらえという事で、上司と用賀インターのマックに入って注文、着席した瞬間に被災しました。
大慌てで外に出る上司、でも阪神大震災の高速道路が倒れた記憶が蘇り、とっさに判断できませんでしたが、とりあえず駐車場に出ると、高速道路の街灯がゴムみたいにしなり、社用車の
プリウスは信じられないぐらいバウンドしました。
怖い!泣き叫ぶ子供。二分くらいしたら、収まり店内へ。さすがにどうなるかわからない今後に備え、しっかり食事をすることにして、食べていると、さらに余震。
それでも食べ終え、クルマに乗って都内をめざすも、用賀インターは封鎖。
仕方なく246を通って都内を目指しました。渋谷あたりまでは特に混みませんでしたが、青山のホンダを過ぎてから、三宅坂を過ぎて皇居まで全く動かず。御徒町にある会社に向かうのは困難とわかり、豊洲にある上司の自宅に行き、自転車を借りて川崎まで帰ることに。豊洲方面は空いており、すぐに到着。晴海通りを自転車で渡り、銀座、三宅坂を目指しました。
高校時代に友人と自転車で都内をウロウロしたことが、役立ち、全く迷うことなく246まで出れました。途中、渋谷にある大学の前を通ると体育館が避難所になっていて、ここで一晩を明かそうと思いましたが、満員でダメとのこと。卒業式もこの体育館でやれるぐらい広いのにもう満員とはいかに帰宅困難者があふれているかがわかります。
しかし、自分とこの学校なので学生証をかざすと、チャペルに通され、配給を貰えました。
水、乾パン、かいろ、エマージェンシーブランケットを片手に出ようとしたら、友人が。無事で何より。彼女はチャペルで夜を明かすそうですが、あのチャペルがすし詰め状態。キツイだろうな、と思いながらも学校を後に。
川崎を目指します。
渋谷から三軒茶屋、用賀を過ぎて二子玉川までは歩行者がディズニーランドのごとくごった返し、まさに地獄絵図。みな徒歩で自宅を目指しているようですが、歩行者が道路に出て来て、なかなか進めず。
宮崎台まできて、黒川尻手道路をひたすら北上し、帰宅。合計4時間かかりました。日付もかわりクタクタでしたがどうにか無事であることをご報告します。
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Posted at
2011/03/12 09:25:09
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