商工会議所なび
新春座敷舞の会
地唄舞の発表会を観る
古い友人に、ここ何年か前から、ときどきご案内をいただいている舞の発表会を観に行きました。
場所は、明石グリーンホテルです。12時から始まるということで、逆算すると9時半には自宅を出ないといけません。きもので行くとなると、8時すぎには顔ぬりや髪の毛のおせわをしなくてはなりません。
ベージュの無地の結城に袖をとおし、薄紫の刺し子の紬の帯をまいて、鏡を見るとなんだか帯がへん。二重太鼓の中味がごちゃごちゃになっています。でも、やり直す時間はありません。黒地の長羽織をひっかけると、外からは分からないのですから。9時35分に家の鍵をかけましたが、また火の用心を確かめるためにまた家の中に。結局、電車に乗ったのが、9時52分。地下鉄に乗って大阪駅に着いたのが、10時半。駅員さんに聞くと、10時45分の新快速が一番早いとのことなので、それに乗りました。無事に明石には11時22分に着き、グリーンホテルには早めに着くことができました。
さて、今回の踊りの発表会は、大和流を立ち上げられた大和松蒔(しょうまき)さんの門下生の舞の会です。習ってから2ヶ月あまりという人から、十何年も習っているという方までが踊りを披露なさいました。子どもの舞いはかわいらしくて、親御さんや一族の方が駆けつけておられるようでした。地唄舞というのは、長唄や清元とは少し異なるようで、上方舞ともいわれるらしいのです。地唄を謡われたのは、菊聖公一さんという方で、高音部が澄み切った声でなんとも艶っぽく謡われます。今回は、歌詞がプリントアウトされていましたので、意味もよく分かりました。
私の友人は、昨年名取の資格を得られたようで、大和の名を冠されていました。踊られた演目は『菊の露』という地唄。
<鳥の声 鐘の音さえ身にしみて 思い出す程涙が先へ 落ちて流るる妹背の川を と渡る舟の楫だに絶えて 櫂もなき世と恨みて過ぐる 思わじな 逢うは別れと言えども愚痴に 庭の小菊のその名に愛でて 昼は眺めて暮らしもなろが 夜々毎に置く露の 露の命のつれなや憎くや 今はこの身に 秋の風>
おさと沢市で有名な『壺阪霊現記』の中にも登場する有名な唄だそうです。きくという名の人が亡くなり、庭に咲く小菊を愛でて、夜は悲しさで涙にくれ、露となる・・・もののあわれに満ちた歌詞です。それと『・・と渡る舟の楫だに絶えて・・』というくだりは、新古今集の『由良の門を 渡る舟人 楫を絶え 行方も知らぬ 恋の道かな』(曾禰好忠)の歌をとっているようです。
友人は、白っぽい紋綸子系の地に、光琳菊を散らした衣装に菊の葉を思わせる濃い緑の帯をなさっていました。堂々とした舞ぶりでしたが、それでも唄の情感をたたえて舞っていました。最後は、持っている扇をはらりと落とす所作がありましたが、ちょっと元気がよすぎてびっくりしました。
日本舞踊というのは、見ているかぎりでは、動作がゆっくりとしていて、動きも簡単そうに見えますが、やってみるとなかなかそうはいきません。体重移動であるとか次の動作への移行とか、バランス感覚が重要です。座っている姿勢から、立って歩くという動作のような単純な動作でも、きものを着てするとなかなかうまくできません。そのうえ、見るものに美を感じさせるような所作まで持っていくには、やはり日頃の鍛錬が必要なのでしょうね。
今回は、歌詞のプリントをいただいたお陰で、唄の意味から舞踊の表現に迫る糸口が見つかりました。やはり古典芸能は、奥が深いです。
大先生の『正月(まさづき)』を観せてもらってから、「ありがとう。また見せてね。」と言ってお別れしました。
家に帰ってくると、ほどなくして神戸でバイトをしている娘が、ケーキを買って帰ってきました。三宮の(TOOTH TOOTH)というお店のケーキで、一つはりんごをカルヴァドスで浸したのが詰まったケーキ、一つはナッツやグランベリーがいっぱい入ったものでした。ケーキなんて久しぶりで、カルヴァドスのを食べましたが、ちょっと大人の味でしたね。
この日は、明石の舞に始まって、三宮の味覚で終わった一日でした。
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2010/08/20 11:01:17