
独身で、アシュレイ・ジャッド似のゆりこさんは
数年前まで南青山でお花の先生をしていた。
今は、俺の事務所が入っているビルディングの
ランドスケイピング全般を仕切っている。
植物に愛情を注ぐ人間の存在は、建物内の人々の注意を引く。
彼女が植物を世話する姿は、乾いた都会のオフィス空間に
潤いを与える癒しの風景そのものだ。
30台半ばだろうか。透き通るような肌
華奢に見えて出るところは出ている肉付き。
話しかけると、気さくに応える猫のような仕草が
性格の素直さや純真さを表しているようで
なんとも言えずカワイイWWW
しかし、仕事の合間に目を細めて彼女を眺める
男達の視線の多くは潤い以上の何かも感じているように思える。
植木を移動するときに屈める腰の張り出しや
高いところに水をやる時に、ふとあらわになる胸の形など
PC作業で疲れた目を、さらに充血させるように食い入って見ている。
ヒーラーで獣医師の高江洲薫は、動物を診察するのに気功を使う。
それだけでも、驚きなのだが、もっと驚くのが
その動物の声を聞くというのだ。実際に話す声が聞こえるそうだ。
ここが痛いとか、だるいけどお水は飲みたいとか
熱が下がりません、もう死にますとか
患者である動物からそんな言葉を聞いてしまう。
加えて、その動物の前世も視えるのだ。
例えば、成績の良い競走馬を診察した時
その馬は、十分能力を発揮して馬主の期待に
応えているにもかかわらず、不安でしょうがなくて
ビクビクビクビクしている気持ちが伝わってくる。
何故なのかを霊視すると、前世、中国で農耕馬として飼われていたとき
毎日、飼い主のためにキツイ労働をがんばっていたのにも拘らず
あっさり殺されて食用にされてしまったのだと言う。
その前世の記憶が、現在の不安を作っているそうな。
ほんまかいな?
この先生がおっしゃることには、動物というのは
人間の気持ちが十分すぎるほど良く分かっているそうだ。
それで、いつも飼い主のことを考えて飼い主の愛情に応えようとしているらしい。
自分が病気で危篤に近い状態でも、飼い主が過労で疲れているから
自分のことはいいので、早く休んで欲しいと伝えてくれとか
先生に言ってくるのだそうな。
ほんまかいな?
でも、本当だとしたら、感心してしまうし、いじらしくて可愛い。
そんな話を聞いていると
動物よりぜんぜん相手の気持ちが分からない人間の存在意義は?
とか考えてしまう。
白金台の特養ホーム前の植え込みで三毛猫に出くわした。
ゆったりと歩いていて、気立てもおっとりした感じ。
野良猫みたいだったが人馴れしていそうなので
のどをゴロゴロぐらいさせてもらえるかなぁ
ふわふわの毛のおなかの辺りを
むにゅむにゅ揉んだら気持ちいいだろうなぁと思って
ゆっくり近づいた。瞬間、目が合って、
鼠鳴きをしながら、手を伸ばしつつ、しゃがんだ。
三毛は俺の顔を見て一瞬何か考えたような様子だったが
プイと横を向くと、そのまま、隣の台湾大使館の塀に登ってしまい
今度は、そこから、こっちを睥睨している。
人間を深く理解し信頼する動物の特性がその無垢な心にあるとすれば
素直で純粋な人間というのも、やはり、他人の本当の心を、当たり前に
読み取ったりしてしまうものなのか?
ゆりこさんをランチに誘ってみたが、あいまいに笑っていただけだった。
Posted at 2010/04/11 23:07:15 | |
トラックバック(0) |
愛 | 日記