またまたポチってしまった101系
今度は総武線の101系カナリア色
やっぱり総武線の各駅停車と言ったらこの年代なんですよね〜。
総武・中央緩行線に1963年から順次導入されて1969年には全て101系になりました。
冷房化されるかなぁ?と思っているうちに1979年からまたもや山手線のお下がり103系が導入されて津田沼電車区は1988年まで混在してました。
三鷹電車区は順次201・205系に置き換えられていたんですね。
高性能電車から新性能電車にされてしまった101系。
勤務していた頃は中野電車区が中央線のお下がりで津田沼電車区は山手線のお下がりだったんですもんね。
でも、中野電車区の101系は本当の初期型が居て運転室と客室との仕切り窓が低くて子供達には好評でしたね。
写真で残っていたのは1978年夏の101系冷房改造車。
津田沼駅5番線に到着した折り返し中野電車区所属の第2編成。
屋根に載っている冷房屋外機が車両のセンターにはなくズレていました。
しかも10両編成のうち千葉寄りの3両のみが冷房改造車で御茶ノ水寄り7両は非冷房車でした。
こちらは津田沼電車区所属の第105編成。
この編成も千葉寄り3両のみが冷房改造車でやはり屋根に載っている冷房屋外機がズレていました。
当時はこの2編成のみが冷房車が付いた編成で夏は千葉寄り3両だけが混雑しましたね。
上り運行の時は車掌が温度調整出来るのですが、下り運行の時は運転室になりますから温度調整は運転士頼りでしたね。
初期試作車の冷房車だったので頻繁に故障が発生。
都度、側面にあるランプが点灯して修繕係が便乗しましたが直らずお手上げ状態。
結局、電車区での修理が必要な状態でした。
今では当たり前の冷房車ですが当時はまだまだ珍しい存在でした。
Posted at 2021/10/07 12:20:36 | |
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