復刻旧塗装のデハ3450形もコンプリートして、もうすっかり東急電鉄(デハ3450形)を推しまくっていますw
まぁ~昔から古い電車なら形振り構わず何でも好きですから至極当然な事なんですけどね。
さて、さらにもうひと箱、残っている東急電鉄(デハ3450形)デハ3499+クハ3858があるのでこちらも新製しました。
実は昔に十和田観光鉄道で見かけた事があるモハ3603(元東急:デハ3655)への改造を目論んでいたのですが・・・
流用どころでは無く、あまりにも大幅な改造をしなければならないので諦めました。
また新たに道具を揃え始めるとドップリハマってしまい、二度と後戻りできなく沼へ沈むのは明白なのでしっかり自重します。
さて、まずは前回と同様にまずは尾灯に色入れをして車番の検討をはじめました。
=デハ3450形=
デハ3450形自体は当初両運転台で50両も製造されていたのですが・・・
残念ながら最後まで両運転台のまま残ったのはたった3両(デハ3450・3498・3499)だけなんですよね。
しかもデハ3450は日本車輛製造で制作されたので前面が異なるので該当パーツはありません。
さらに前回にデハ3499は組立ててしまったので残った車番はデハ3498だけという事になりました。
ところがこのデハ3498は本線の運用から外れたあと荷物列車として1981年(昭和56年)にデワ3043に改造されています。
もちろんデワに改造されたとは言え、ドアエンジンの撤去、座席の撤去、窓保護棒の取り付け程度で原型を保っていました。
ところが翌年には宅急便等が普及していたので東急線内の荷物列車が全廃になってしまいました。
役目が無くなり除籍はされましたが、長津田車両工場の入れ替え用車両として山側に両開きの大扉が設置されて残りました。
その後、アント入替機が導入されて使用停止になり、2009年(平成21年)に解体されています。
ちなみに前回制作した両運転台のデハ3499は保存会の方々が群馬県前橋市富士見町赤城高原で保存されています。
=クハ3850形=
クハ3850形は1952年(昭和27年)から1953年(昭和28年)にかけて17両が製造されています。
クハ3850~3854までの5両が川崎車輛製で残りの12両のクハ3855~3866が東急横浜製作所で製造されました。
川崎車輛製は台車がOK-6、東急横浜製作所製はYS-715を装備しているのでデハ3450同様に一目で違いが判別出来ました。
1973年(昭和48年)~1976年(昭和51年)にかけて車体更新が行われてお馴染みの「海坊主」スタイルになっています。
この時、同時に5両が運転台を撤去し中間車化されてサハ3370形に改造されています。
前回組立てたクハ3850形はクハ3858にしましたので、今回はクハ3856にしました。
どちらも1952年(昭和27年)に東急横浜製作所で製造された同期の車両なんですね。
クハ3858は他の仲間たちと同様に最後まで目蒲線・池上線で活躍して1989年(平成元年)に廃車されました。
しかしなぜかクハ3856の1両だけは廃車にならず休車扱いで残り、1994年(平成6年)に除籍されるまで保管されていました。
さて、車番も決まったところでしっかりと組立てることにします。
まぁ~相変わらず部品点数が少ないのでサクッと完成します。
復刻旧塗装もいいんですが、日頃見慣れたこの色もいいんですよね。
東急蒲田駅での横並びの情景が懐かしいですね。
目蒲線は地下鉄との直通運転から目黒線と多摩川線になって大変貌してしまいました。
蒲蒲線の第一期工事がスタートするようで近い将来にJR蒲田駅周辺は大きく変わるんでしょうね。
東急蒲田駅も変わるので池上線も目蒲線と同様に大きく変貌することになりそうです。
あっ!ところでBトレインショーティーを作るといつも余るダミーカプラー。
このダミーカプラーって微妙に長さが違うんですよね。
こちら自動連結器タイプは3つのタイプがありました。
こちらの密着連結器タイプは2つのタイプがありますね。
今更ですがピンセットでせっせと分類していますwww








Posted at 2025/03/28 14:08:33 | |
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