いくらお金があれば安泰なのか。
満足できる収入、貯金額とは。
普通の生活がしたいだけと思いながらも、僕は人生について悩む。
大学を出て就職したのは、小さな測量会社だった。
作業服に紅白の棒を持って山の中を駆け巡り、身体で仕事を覚えた。
働きやすい職場で、人間関係も良く、休まず働いたが楽しかった。
働きながら、測量士補、土地家屋調査士と試験をパス。
社長の勧めもあり、勤めていた会社から独立。
小さな測量登記事務所を開いた。
前の会社の事務員だった彼女と結婚し、今は子供が2人いる。
大卒社員を雇うほどの余裕はないけれど、食べてゆくには困らない。
顧客の不動産会社から中古住宅を購入し、一戸建ての住まいもできた。
初めて買ったガイシャのベンツ。
家族で乗るにはちょうど良い大きさのBクラス。
ガレージを眺めながら、僕もついにベンツに乗る社長なんだと実感した。
3歳年上の妻のおかげで、家庭内も平穏な日々。
自営業は、いつ仕事が途切れるか先が読めないけれど、心配したらキリがない。
できることを日々積み上げてゆく作業が大切と思っている。
幸せな生活だと思った。
僕はこのままでいいのだと、ついこの前までそう思っていた。
そう、景子に出会うまでは。
業界団体の懇親会場に、代表者の代わりで来ていた景子。
この春入社した新人で、僕と同じ出身大学とわかり意気投合。
メアドを交換した。
メールし合うようになり、食事をするようになり、デートするようになった。
景子は僕が結婚していることも承知でつきあってくれる。
僕には過ぎた彼女だと思う。
景子に対しても、僕はできることを日々積み上げてゆくしか考えられず、
思いつくままにプレゼントしたり、買い物をしたり。
遠慮する景子が可愛くて、本気で離婚を考えるようになった。
妻への慰謝料は、今ある貯金全てと養育費を含めた毎月の支払いで何とかなる。
家は処分し、足りない分のローンは僕が払い続けることになるだろう。
景子が妻に替わって事務をしてくれれば、会社も切り盛りできるはず。
「別れて欲しいんだ」
事務所で妻に切り出した。
頭を下げて、別れる条件を伝える。
「で、相手の女にはもう言ったの?」
「いや、これから伝えようと思う」
「私が先なわけ? ふーん。 あなた、フラれるわよ」
冷静な妻が、取り乱すでもなく落ち着いた様子で僕に告げる。
腹を立てて、妨害したくて言う捨て台詞でもなさそうだ。
仕事上でも、妻の判断はいつも正しい。
「貯金なし、機材のローンと家のローン、私への慰謝料と子供への養育費。
15年後から貯金し始めて、頭金貯まった頃に家買うの?
その女に子供ができたら働けないし、パート代も払うのよ。
10歳以上も年下の、若い彼女?
願望から夢でも見てたんじゃないの、ア・ナ・タ。
その女がそれでもいいって言ったら、いいわよ、別れてあげる」
妻が言うように、僕が景子にフラれたら、その後どうすればよいのだろう。
フラれましたと頭を下げて、この家に帰って来られるだろうか。
妻とも別れ、借金だらけのバツイチ独身生活なんて考えたくもない。
妻に言ってしまった以上、行くも地獄、戻るも地獄。
可愛い景子が何と言うかわからないが、俺についてこいなんて言えるだろうか。
男女のことなんて、浮気だから、不倫だから楽しいのかも。
夢なんだ、きっと。
今なら妻に、冗談です、妄想でしたと言ってもいいかも。
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Posted at
2011/07/02 10:27:27