一番上のリフトを降りた先に、そのステージは存在した。
カナダ西部、天国に最も近い場所を意味するスキー場。
眼下に雲を見下ろすリフトの終点は、狭いわずかなスペースがあるだけ。
右手のスロープに沿って進めば、上級者用ゲレンデへと続く。
その一団は、スロープへは向かわないようだった。
リフトで着けていた板を脱ぎ、肩に担いで立つ若い男女数人。
仲間を待つにしては不自然と思い、話しかけた。
装備と身なりから、皆、上級者であることはすぐに察した。
風よけになっている小さな丘を登ると、左手に続く山の稜線が見える。
細く延びる尾根、どこまで行けるのか、先はあるのか。
人ひとりがやっと歩ける幅の雪の上を、一列になって進む。
歌を口ずさむもの、笑顔で話しかけるもの。
その先に何があるのか知らぬまま、最後尾を彼らに付いて歩く。
ストックをつき、ゆっくりと一歩一歩、足跡を辿りながら進む。
踏み外せば、左右どちらも切り立った急斜面。
新雪なら雪崩、氷層であれば滑落の危険を考える。
30分も歩いただろうか、ヒュッテもリフトも見えない稜線に並んで立つ。
僕を含めた若者8人が笑顔で向き合い、誰かのウォッカで乾杯をする。
親しみを込め歓迎の言葉をかけてもらうが、どんな仲間かはわからないまま。
「よし行こう」
狭いスペースでスキー板を足に着けると、最初のひとりが奇声をあげ滑り出す。
落ちてそこから見えなくなると言ったほうがいい。
実際、立った姿勢だと断崖絶壁にしか見えない斜面も、滑り出すと周りが見える。
銀に輝く真っ白な雪、黒に近い色をした青空。
白と青の狭間を、後塵に粉雪を撒き散らせて滑る複数のスキーヤー。
傾斜が40度を越える深雪の斜面。
ところどころロッキーという名の通り、岩肌が切り立って落ちている。
危険な雪屁を察しながら避け、ずっと先にある雪面を探す。
大学2年の冬、僕はひとりカナダに来ていた。
前の年の冬は、N県のスキー場でスクール教員のバイトをしていた。
4月には初めて競技会に出させてもらったが、惨憺たる結果だった。
僕より速い奴は、いくらでもいる。
僕より上手い奴も。
好きなスキーで食べてゆく道を探し、悩んでいた。
スキーヤーだけで食えるのは、どのジャンルであれトップの3人。
狙いを定め、世代を超え、勝ち続けて行かねばならない。
僕はそのスタートに立つ前に無理と悟った。
他の道を探そうと、ヒントを求め海外に出た。
目指した先はカナダ、期間は期末試験が始まる前までの40日間。
単身、拠点を移動しながら、名だたるスキー場に通い詰めた。
バンクーバーで借りたクルマは、フォードのエクスプローラー。
ダッヂのフルサイズバンや、ピックアップトラックがごろごろいる駐車場。
ここではエクスプローラーが小型車に見えてくる。
この日は風もなく晴れ、温度計は氷点下20度。
見渡す限り白銀のカーペット、細かい氷が空中を漂い光る。
山肌に止まることなく延々と一定のリズムで弧のシュプールを描いてゆく。
転べば深雪にすっぽり埋まり、気付かれず行方不明になるかも知れない。
不安や恐怖を覆い隠すほど膨れ上がった好奇心。
スキーを履いてさえいれば、空だって飛べると思った自信。
気付けば周りには誰もおらず、見渡す限り雪原だけが眼下に広がっている。
どこへ向かって滑ってゆくのか、この先には何が見えてくるのか。
ここまでくれば、あとは本能と運次第だろ。
なにより、生きてるって凄い。
僕は頭の中を真っ白にして滑り続けた。
ブログ一覧 | 旅行/地域
Posted at
2011/09/04 11:57:17