まるで音のない映像を見ているように、静かだった。
ブーメランのような「く」の字をした柄が、逃げるように転がってゆく。
それがつい先ほどまで彼が手に握っていた鎌と頭の中で結びつくまでにタイムラグがあった。
この夏は暑いだけでなく雨が多い。
雑草が例年の2倍のスピードで延びてしまう。
役所で働く幸太郎は、今朝も日の出から畑の草刈りに来ていた。
すぐに泥まみれになり、湿った軍手が重い。
強い日差しに、厚手の軍手から綿の白手袋に換えたところだった。
持っていた鎌がすっぽ抜け、振り向いたが後ろに落ちていない。
視線の先に、クルクルと縦に円を描きながら転がってゆく鎌。
花壇を仕切る煉瓦で跳ね、大きな玉石を蹴り、道端の石積みで一瞬見えなくなる。
カンカンと音を立てて転がり落ちた先は道路。
普段滅多に通ることのないクルマが、ちょうどそこへ通りがかり、落ちた鎌を轢いた。
弾みで跳ね上がった鎌が、クルマのドアに傷をつけるという離れ業。
まさにウルトラC級の偶然を目の当たりにし、幸太郎は茫然自失。
何にせよ傷の原因が彼の鎌であることは、火を見るより明らかなこと。
幸太郎は停まったクルマに慌てて駆け寄り、ドライバーに丁寧に謝る。
運転に支障がなければ、近々空いた時にディーラーへ持ち込んでもらうよう話す。
修理見積りの確認作業で、初めて入ったダイハツのディーラー。
明るい雰囲気に白いテーブルがいくつも並び、子供の遊び場もある。
何になさいますかと飲み物を尋ねられ、喫茶ラウンジかと思い驚く。
待ち時間に、展示車のムーヴに乗ってみる。
まず運転席と助手席の足元の広さに驚いた。
シートレールいっぱいまで下げてあるのかと思い、後ろを振り向くが、後部座席も広い。
手の届く範囲には、コンソール以外にも収納が沢山。
特にペットボトルを置くアイデアが目立つ。
エコアイドルも付いてこの値段なら、先日買い替えた新型洗濯機と思えばお値打ち感あり。
お店の人に聞いてみる。
「これ、安全ですか」と。
「それなりです」との返事。
好感が持てる営業だと思った。
飾ってあるぶんには室内も広く、使い勝手も良さそうなこの軽自動車。
クルマは道路を安全に速く走る為のものと決め付けていたのは、幸太郎自身だったのかも。
ゆっくりとしたスピードで短い距離を移動するだけに使うのなら、とても便利に違いない。
これで中央高速に乗るとか、ワインディングのある山へ出かけるなんて想定はしない。
カーブでこのベンチシートでは、シートベルトできつく固定しないと曲がれないだろう。
でもサイドウォークスルーは解放感があり、乗り降りは楽だろうなと思う。
クロックスかビーサン代わりにいいな。
事故に遭うかどうかなんて、今回みたいに滅多にない状況を考えるかどうかに似てる。
あとは運転するドライバーの自覚に頼ることに。
想定外。
地震も、津波も、土砂崩れも、堤防の決壊も、降水量も、何度も耳にした言葉だったっけ。
草刈りをしていただけで偶然が重なり、何万円も支払う羽目になっている自分の事を考えると、
僕は乗らないほうがいいかもと思う幸太郎であった。
Posted at 2011/09/23 13:56:06 | |
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