「ご一緒に乗って行かれませんか?」
駅のタクシー待ちの列で、前に並んでいた女性に声をかけられた。
「どちら方面ですか?」
僕が地名をいうと、彼女は
「だったら通り道ですからご一緒にいかがですか」と誘ってくれたのだ。
終電まであと少し。
駅に着いたら走って改札を抜け、タクシー乗り場に並ぶ人々が列をなす。
ベッドタウンでもあり、多くの人が利用する駅にしては待ちタクシーが少ない。
この日も並んでいる人数からして待っているより歩いたほうが早いかと思った。
家まで歩けば20分ちょっとの距離。
あいにく小雨が降っていて、濡れるのをためらっていたところだった。
彼女の家を尋ねると、確かに駅と僕の家の延長上にある。
お言葉に甘えてと、相乗りすることにした。
見知らぬ者同士タクシーに乗るなんて考えもしなかったが、彼女とは話が弾み楽しかった。
それ以来、僕はタクシーに乗る時は後ろの人に声をかけるようになった。
前の人には図々しいような気になるが、後ろの人なら利点は多い。
1台でも早くタクシーに乗れること。
近いほうの目的地までの料金分だけ安くなること。
後ろの人たちの順番が少しでも早まること。
この日、同じ車両に初めて同乗させてもらった時の女性がいることに気付いた。
向こうも気付き、離れた場所でお互いに会釈をした。
改札を抜けた通路で、前にいた彼女から声をかけられた。
「宜しければ乗っていかれませんか?」
今日は自分のクルマで来ているってことか。
女性に顔を覚えてもらっていたことだけでも嬉しいもの。
「ありがとうございます」と、先にお礼を伝える。
普段、雨でもない日は歩いて帰るところ。
駅近くの月極かコインパーキングに駐車してあると思い、彼女に付いて歩く。
独身かなとか、どんなクルマかと想像するのも楽しい。
ロータリーを右へ出て待車場レーン横を通り過ぎようとした時、そのクルマが目についた。
異彩を放つボディに翼の生えたBの文字、これってベントレーだよね。
それも2ドアクーペのコンチネンタルGTってやつだ。
滅多に拝めない超高級車のベントレー。
有名人かプロスポーツ選手が乗ってると言う噂なら聞いたことがある。
このまちにもそんな有名人が住んでいるのか、それともアブナイ人だろうか。
と、目の前で白いコンチネンタルGTの左ドアが大きく開かれた。
慌てて右に迂回し避けた僕と、立ち止まった彼女。
そこで彼女が僕のほうを振り向いて言った。
「私、後ろに乗りますから、助手席にどうぞ」
長いドアを開けて降りてきたのは、背の高い上下スウェット姿の男性。
彼女の夫なのか彼氏なのか、はたまた兄か弟なのか。
無言でシートを前に倒し、彼女を迎え入れる。
以前、夜の繁華街で見かけたことがあったけれど、乗るなんてありえないです。
例え助手席でも近距離でも、何かしでかしたらと思うと怖いです。
人は見かけによらないとは言え、僕には無理です。
ごめんなさいって言葉しか頭に浮かんでこなくて。
丁重にお断りをし、とにかくこの場からすぐにも逃げたい気持ちなんです。
でも、足がすくんで動けないんです。
Posted at 2011/10/08 11:05:46 | |
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