あーあ。やっちまったよ。
生徒といっても、160センチ無いあたしより大きな中3男子。
卑劣な態度に注意も聞かず、平手で頬をひっぱたいてやった。
愛のムチだと気づいてくれるかも。
なーんて、あたしの読みは甘かった。
みる間に顔が紅潮し、全身からオスの匂いを放つ。
と、気づいたら顔面殴られて、引っくり返ってしまっていた。
生暖かい鼻血の感触が、顔一体に広がるのがわかる。
馬乗りになり、なおも顔を殴られ続け意識を失った。
短気は損気だよな。
生徒は退学。あたしは退職。
転校で済む未成年と、教師に戻れない社会人。
教師を志し教育大学を出て、やっと担任を持ったらこれだ。
後悔はしているが、悪いことをしたとは思っていない。
この就職難に一般企業への就職もままならず、バイトする羽目になった。
ボーナスを頭金に買ったこのレガシィB4。
285馬力を6速ミッションで、バイト先の会場へと走らせる。
飾らず、威張ったところが全く無いのがいいと思う。
わりと地味なデザインに、少ない車種。
経済的とは言えない水平対向エンジンとAWDの組み合わせ。
和風ポルシェとも呼べる、頑なに我が道を行く男っぽさに憧れた。
スポーツモードもインテリジェントも、安心感は頼れる大人って感覚だ。
ただ、トヨタの86と同じボディでBRZを売らなきゃならんスバルってどうよ。
でも、ポリシーなんて売れなきゃ無意味と、上から言われちまうんだろう。
宴会コンパニオンで入ったこの日、客はどうやら教師のようだ。
このご時世、不景気に関係ないのは公務員くらいのもの。
すだれ頭の司会者が言う。
「弁護士の先生がたも、お互いに先生と呼ばない時代です。
今日はお互いに『さん』か『君』で呼んで下さい。
では、最初に社長の挨拶から」
社長とは校長のことだった。
見た顔は無いが、古巣だからか教師と言われなくても雰囲気でわかる。
今思えば、親からも先生と呼ばれるなんて、おこがましい限りだな。
あたしに関心があると言い寄ってきた英語教師から、食事に誘われた。
ただのフリーターだったあたしは、気軽に応じた。
就活の合間を縫って、その後も何度か会う関係になった。
この機会に結婚して子育てして、普通の主婦するのも良いかも。
この日、ホテルのベッドで彼にあたしが元教師だったことを話した。
以前、職場不倫していた時、避妊に失敗したことがあることも。
受け入れてくれるものと信じて。
少し酔っていた彼が、小さな声でつぶやいた。
「体罰、不倫、中絶・・・。ベタな女だな」
確かに。言われて冷静に考えれば、彼の言うとおり。
でもね、人間ってそういうものじゃないと思う。
真面目にやってきたつもりでも、人生いろいろだったりするのさ。
順風満帆とはいかないけれどね。
それがあたしだから否定しないで欲しかったな。
言ってはいけない一言がわからないって、大馬鹿野郎だな、コイツ。
信頼なんて、あたしの理想論だったのかも。
本質を語り、血の通った言葉で導いてこそ教師だろうがって。
人同士の信頼関係なんて、そう容易につくれるもんじゃないけどさ。
と、気付いたら馬乗りの体勢で彼の顔面を連打していた。
あーあ。この恋も終わったな・・・
Posted at 2011/12/13 10:49:56 | |
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