海が見たいと思った。
碧い海が。
ここは病院の医局。
午前3時に急変コールで呼ばれてから居着き、朝の回診時間を待っている。
回診のあと、いつものように外来が始まり、おまけに今日は当直。
時々逃げ出したくなるが、自分の責任を取るのは自分しかない。
将来、こんな医者になるためにやってきたんじゃないと言いたくない。
眠る時間を削っても、勉強もする。
でも、逃げたくなる。
例えば体調不良とか偽って、今日の仕事休んだらどうだろう。
そう考えるのは元気な時であり、実際、熱があっても休める訳もない。
先月、風邪をひき声が出ずガラガラ声だったが、気付いた患者はいない。
自宅待機が拘束付きで無償ってのもどうだろう。
勤務医として8年目。
気合いを入れて早く出勤、早く回診済ませ、早く外来始めて、早く終わりたい。
呑みにも行きたい、映画も見たい、デートもしたい。
でも、現実は全く夢物語の毎日。
この4月から下が2人抜け、1年目が1人となった。
1年目は全例を上級医にコンサルトすることが決められている。
いつ起こされてもしょうがないが、夜中に風邪の子供で呼び出されるのはつらい。
ケータイが通じない海外に逃亡したい。
看護師との接点も、なくはない。
が、病棟の隅で先輩看護師に怒られ泣いている新人看護師に、声もかけられない。
女の世界は怖い。
最近、運動不足もあり、腹周りが緩い。
受診すれば、肝機能障害か脂肪肝の疑いと伝えるパターン。
ぼくのクルマはポルシェ。
空冷の964カレラ。
死んだ伯父さんから譲り受けたもの。
日々進歩する医学、どこまでついてゆくべきか、今も悩む。
中小病院でこのまま勤務医であれば、果たしてどこまで必要か。
先進の専門技術を用いない開業医であればどうか。
開業医だった伯父に子供は無く、ぼくを後継ぎにとたぶん考えていた。
医学生だった時、大切にしろと言って鍵を渡された。
今となっては形見のようで、手放すことも出来ない。
友人にもポルシェ乗りはいるが、水冷が多く空冷は993まで。
964、週に1回晴れの日に動かす程度だが、形も音も気に入っている。
このクルマには、自分の医師としての志や過去が全て詰まっている。
とは言え、遠出する機会もなく、ほとんどガレージの中。
先日、友人の結婚式があった。
前日当直にもかかわらず、受付まで頼まれた。
当直明けのだるさを知らないのだろう、仕方ないが。
医師でない友人の結婚式は久しぶり。
いつもなら、どの病院で何科?という会話から始まるが、医師と答えるだけで済む。
その後の会話が、健康相談になるのは慣れている。
神前式の雅楽が子守唄のようで眠気を誘う。
披露宴で隣りの席の人と、偶然ポルシェの話になった。
彼が差し出した名刺には、ポルシェ997GT2が印刷されていた。
名前はハンドルネーム、アドレスは「minkara」。
先日、ポルシェの集まりがラグーナ蒲郡で行われたこと。
ポルシェセントラルミーティング、そこには300台を超えるポルシェが集まったこと。
天気にも恵まれ、とても楽しい1日だったことを話してくれた。
医局に戻り、パソコンをネットにつないでみる。
名刺のアドレスを開くと、海辺の広々とした場所一面にポルシェの写真が出てきた。
あらゆる種類のポルシェが整列、その数は全国からだろう。
その色、種類、楽しそうな人の顔、水着の女性モデル、きれいな海。
ああ、こんな海が見たい。
美しい海を背景に、ポルシェについて誰かと語り合いたい。
ここに登録し、タイトルには「海」をつけよう。
医療用の変換ソフトが入ったこのパソコン。
「海をみる」といれたら「膿をみる」と表示された。
Posted at 2010/06/21 18:03:15 | |
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