海は、嫌いでも好きでもない。
物覚えがついた時から、そこにあった風景。
潮風以外の空気を知らずに育った。
中学を出ると、島の子供は島を出る。
高校や専門学校、就職も含めて、巣立ちのように皆が一度島を離れる。
一部は船で通えないこともないが、多くは決まった下宿先から高校へ通う。
私も普通科の進学校へ、近くで下宿しながら通った。
大学生活は、アパート暮らし。
商社に入り、名古屋支店勤務となった後も、島には戻らなかった。
島一番の美人と評判だった2年後輩のKが、結婚したと聞いた。
そのお相手が、私の高校の同級生だったYと知って仰天。
世間は狭い。
Yは根暗でキモイ奴だったが、代議士の息子。
将来は後を継いで、地盤を引き継ぎ担ぎ出されるのだろう。
選挙ダルマの横では、美しい妻としてKが一緒に頭を下げるのだろうか。
私も一度、結婚しようとした。
取引先だったカレは、親が社長。
後継ぎとして問題なさそうに見えたし、社長の妻なら楽できると思った。
式の日取りも決まったある日、偶然、カレがカツラだと知った。
べつにハゲが嫌いな訳じゃない。
ずっと隠していたことに、どこか腑に落ちないでいた。
他に隠しごとは無いかと問いただすと、元カノと定期的に会っていると告白。
生保レディの元カノには、高額の保険に入らされているとのこと。
たぶん弱みを握られているのだろう。
求めてこないのは、カレ本来の優しさからではないのかも。
ふと浮かんだ疑念に、私から誘うかたちでホテルに行った。
元カノとはできたのにと言われた時、カレと結婚する気がなくなった。
寿退社で辞めてしまった会社にも戻れず、派遣に登録。
短期で通うことになった会社は、前の会社のライバル企業だった。
直属のS課長は、私の経歴を知った上で親身に仕事を教えてくれた。
それにしても恐ろしく多忙な部署だ。
休みもなく、深夜、寝る為だけに帰宅する社員。
前の会社がいかに楽だったか、ここへ派遣され初めて知らされた。
お盆休みの直前になって、S課長から相談を受けた。
急に2日だけ休めることになったから、子供達と海水浴に行きたいと思う。
無理を言って悪いが、君の島に知り合いの旅館はないだろうかと。
私がここに来て4カ月、S課長の休んだ日はなかった。
家庭内の会話なんて無いのだろう、そんな課長が、家族で海水浴に行きたいと言う。
私はすぐに島の実家に電話し、課長の家族が泊まれる部屋を手配した。
久しぶりに私も島へ戻ってきた。
塩気を帯びた空気が心地良い。
カモメが、イルカが、私を出迎えてくれる。
わざわざフェリーにクルマごと乗ってきた課長の家族。
聞けば、買ったけれど乗る機会がないこのムラーノを運転したかったのだとか。
家族でクルマで出かける、ごくありふれたことをする時間もなかったのだろう。
どこへでも行ける気にさせてくれるSUV。
荒れた大地を走り、雪道を走り、家族を守るたくましいイメージ。
課長は、家族に対する夢も載せていたに違いない。
日中、2人の息子さんを私の父の船に乗せ、島めぐりをした。
僅かな時間だけれど、夫婦の会話が持てたらと思って。
小5と中1の男の子も、滅多に味わえない海を楽しんでもらえたと思う。
暑かった夏が終わる頃、S課長は突然亡くなった。
くも膜下出血、過労死だった。
身近にいる企業戦士、彼らは常に死と隣り合わせなのだと気付かされた。
暮らすこと、働くということを、なめていた気がする。
お金を稼ぎ、家族を養ってゆくことは、決して楽なことではない。
いつか私を養ってくれる人ができたら、感謝し、心から尽くそうと思う。
Posted at 2011/05/15 13:23:59 | |
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