「いやです」
市会議員に立候補したいと妻に切り出したところ、即答だった。
あもすもなく、とりつく島もないといった口調。
何を言っても、返事は「イヤ」と「ありえない」の繰り返し。
「街並みを整備して、安全で住みやすい街づくりがしたいんだ」
大学院を出て、市役所に勤め4年。
公務員として働きながら、いつも考えていたことだった。
産業課の窓口で、対応に追われる毎日だった。
何をしても、しなくても、住民からのクレームは無くならない。
でも、アイディア次第で変えられることはあるはず。
政権が替わり、それまでの力関係が無意味になった。
組織力や地元との結びつきが無くても、立候補できるようになった。
給与を下げられた腹いせではなく、いま出来ることをしたいと思った。
「落ちたらタダの人だけど・・・」
職を辞して臨む選挙。
当選しても、任期は長くて4年。
勝っても負けても安定した生活は保障されない。
妻の祖父は、昔、議員をしていたことがあると聞いたことがあった。
田舎のことなので、しきたりや風習もあっただろう。
でも、経験者なら全くの無知無縁なことでもないだろうに。
「だから言うんです。私や子供をあなたの犠牲にしないで下さい」
犠牲ってのは大袈裟だろ。
家族一丸となって地域の為に働くことが、いけないことと思っているのか。
僕の夢を、夫婦の、家族の夢にしちゃいけないって言うのか。
「いけないなんて言ってない。ご自分だけでどうぞ、ってことです」
かたくなに拒否する妻。
終いには離婚話に。
生まれたばかりの息子を連れて、実家に帰ると言い出した。
「あなたは何もわかっちゃいない。自分に酔っているだけ」
政治家ったって、所詮は小さな地方都市の市会議員。
たった4年で変えられるとは思わないが、3期12年あれば希望も持てる。
やり甲斐を求め働くことが、間違いとでも言うのか。
日産リーフを買った時も、なぜか妻は冷ややかだった。
僕は環境を考え、実際に乗ってみて、その凄さに感動した。
電気自動車が普通に使える、買えるようになった時代の変化を肌で感じた。
もう昔の排気ガスを出すクルマには戻れない。
騒音でうるさいなんて言わなくてすむ未来がある。
次の時代を担う子供たちの為に、いま出来ることを率先してやりたいと思った。
街を変える為には、人の意識を変えなくてはいけない。
基本は、まず家族から変えてゆく必要がある。
妻の協力無しに、意識改革はありえないのだが。
「人は、すぐには変わらないの。ううん、変えられないと言ったほうがいい。
おじいちゃんが議員だった頃、毎晩のように出かけて行った。
他人に尾けられたり、嫌がらせを受けるなんてしょっちゅう。
畑売って、町のためにとお金を使っても、誰も褒めてなんてくれない」
なぜ妻は、こう冷めた目で見るのだろう。
見返りなんて求めなければいい。
人生を振り返って、やったという実感があればいいじゃないか。
「喰いつぶしてる他人の分まで稼げるようになってから言いなさいよ。
私ひとり幸せに出来てないあなたが、他人を幸せに出来る訳無いでしょ。
知らないみたいだから一度観てらっしゃいよ、選挙演説ってものを」
翌日、隣県で行われていた選挙の立会演説会場を探し、リーフで出かけた。
空っぽの会場に十数人の年寄りが、ポツポツと座っていた。
壇上に上がり、理念を語る若い候補者の意見に、僕は強く賛同出来た。
終わりがけになり奥さんが出てきて、候補者と並んで土下座した。
「お願いします、お願いします」
床に頭をつけ何度も連呼する2人に、拍手はまばらだった。
Posted at 2011/12/06 11:28:10 | |
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