東日本大震災から5年。。。
皆さんは、5年前の3月11日 何をしていましたか?
思い起こせば5年前。。。
私が あのとき体験した事を書いてみたいと思います。
5年前の今日…その時は前の旦那と別れていない時で
元 旦那は埼玉⇔大阪 区間の中距離トラックドライバーで11日は大阪の営業所でした。
私は、千葉県の柏市でホテルのベットメイクのパートをしていて
11日は、シフトの都合で 仕事がお休みで
午前中に家事を済まし
昼過ぎに納車してから まだ間もない自分の愛車 インプレッサRA(白インプ)を寒い中 駐車場で洗車し、洗車が終わったら
ずーっと前から行きたかった
茨城県 稲敷郡阿見町にある
大きな店舗のブックオフに行こうと
予定をたてました。
洗車が終わり
さてさて 阿見町に向け
携帯ナビを開いてセッティング
これから楽しいドライブになる♡
そう…
その時は そう思っていました。
たしか?家を出たのが、14時ちょっと過ぎたぐらいだったと思います。
ノリノリの音楽を流しながら
バキバキのLSD音でテンションも上がり
これから向かう大型ブックオフ店に
胸を踊らせながら向かっていました。
14時30分過ぎた頃に
茨城県牛久市あたりで急にお腹が空いて
国道6号線沿いのセブンイレブンで
お買い物。肉まんとあんまんと暖かいカフェオレを買って
またインプに乗り込み荒川沖店のブックオフへ向けて走り出しました。
しばらくして、曲がらなきゃならない所を
曲がらず通過w
当時、携帯のナビの反応が車のスピードについていけず遅くてイライラした(>_<)
ある民家の通りに入り
十字路で切り返しのUターン
また車の通り沿いのT字に出て
右折待ちで車が切れるのを待っていたら
いきなり それは やってきた!!
インプが左右にこぎざみに揺れ出す
トラック??
っと思った瞬間 更に揺れが増して酷くなり
インプは左右に激しく揺れまくり
これは危険だと判断してサイドを強く引いて
両手でハンドルをしっかりと握り頭を低くくして
揺れがおさまるのを待った
その時、周りでは家から飛び出してくる人達が沢山いて
悲鳴やら 何か?割れたりする音、電線がバシンバシンって音がして
家がギシギシと軋む音が聞こえてきて
大パニック…
一体なにが起きてるのか全く状態が把握できない
ようやく長い揺れがおさまり
右折して、直ぐさま端に寄せてハザードをつけて停止。CDからラジオに速攻で切り替えた。
頭の中が真っ白…
メチャメチャ パニック!!しかも1人…
どーしよ…どーしよ…
たまたま近くにいたお婆さんに 今の地震の震度は いくつですか?とたずねたら
停電だから わからないという…
あまりの恐怖に手が震え
なんとか震える手をおさえ
大阪にいる元旦那に電話をした
長いコールが続く
ようやく出た
私はパニックなっていたので、いきなり電話に出る元旦那に
『ヤバイ!こっち デカイ地震がきて…๐·°(৹˃̵﹏˂̵৹)°·๐』
そう言ったあとに元旦那が私に投げた言葉は、心配のしの字も無くて
元旦那『 はぁ?地震?あのさー、俺の仕事わかってるよねー? ようやく荷下ろしして これから寝るんだから、たいした用じゃなきゃ電話してくんなよー!』
私『だって…凄い大きい地震が!』
元旦那『いい加減にしてくれる?』
無言で電話きった…
この時に もう離婚しようと気持ちが完全に固まった瞬間でした(´・ω・`) ジャーナ。。。
そのあと、妹から『生きてる?』の電話。
(ノω`*) 妹らしい
家族の安否確認も出来たので
とりあえず一安心。
今回の地震は、状況が かなりヤバイと分かり
急遽 阿見町のブックオフに向かうのは諦めて 急いで自宅へ戻ろうとインプを走らせました。
近くの信号も当然 停電だったので いつも以上に注意をはらい気を付けて運転しました。
こんな緊急事態なのに、皆んな ちゃんと譲り合いをしていて 我先という人は殆どいなかったのには感動しました。
無事に国道6号線まで戻り
途中から信号が作動していたので一安心。
やがて取手市に入り取手警察署手前の信号を右折するので右折ラインへ
信号は、青だけど なかなか車が切れない…
車が切れるのを待っていると
また!凄まじい揺れが襲ってきた
車の流れも切れた 信号も青!
なのに車の揺れが激しくて前に進めない
恐怖の最中…凄い光景を目の当たりにする
道路が…
道路が波をうってる
こんな光景 みたことないよ…
揺れが多少 おさまった頃にインプを発進
いくつか信号を越えて また右折ラインへ
信号待ちしていると
また激しい揺れが襲ってきた
周りで悲鳴が飛び交う
外に避難してきた女性が泣きじゃくって男性に支えられている
一体なにが起きてるの??
私も泣きたいよーー
家は無事なの?
老犬の愛犬は大丈夫かな?
色んな不安に今にも押しつぶされてしまいそう。
泣きそうになる自分に心の中で頑張れ!頑張れ!大丈夫!と言い聞かせ不安と恐怖と戦っていました。
ようやく無事に家に到着!
急いで中に入り家の状況を確認
あれ?? 電子レンジが傾いてるぐらい?
もっと部屋の中が、グチャグチャになっていると想像していたが、思っていたより被害は殆ど無かった。
寝室に行ったら愛犬がシッポを振って元気そう ホッと胸をなで下ろした ๐·°(৹˃̵﹏˂̵৹)°·๐
そして、テレビを付けようと思ったら停電
今の状況が把握できない
どんな事になっているのか?
その時、キャンプ用のラジオ付きランプがあるのを思い出して引っ張りだした。
あっ、電池ないや…って事で
急いでコンビニ行った。
数件回ったけど単1や単3とか売り切れ続出
高い電池しか残ってなくて、とりあえず高い単3を買うことに。
地震の影響でか?コンビニから食べ物が消えるという光景…今でも良く覚えています。
しかも…コンビニのレジの支払いの列が
外まで並ぶというありさま…
ようやく買い物を済まして暗い部屋に戻り
電池を入れてキャンプ用のランプを付けて
暗闇の中 お湯を沸かしてカップラーメン食べて 枕元の横に新聞を引いて靴を置いて(直ぐに逃げれるように)
暖房も使えないから布団にくるまりながら
ラジオで地震の状況や情報を収集。
夜中の2時ごろに停電が解除され電気が回復。
直ぐにテレビをつけて ようやく状況を把握しました。
想像を遥かに超えるテレビからの映像に目を疑いました。。。
今でも胸に深く焼きついて忘れる事ができません。
震災後
スーパーから物がなくなり
ガソリンは2時間ぐらい並ばないと入れられなくなり
買い物中に一斉に鳴る緊急地震アラーム
行く度となく来る大きい余震
悲鳴をあげながら一斉にお店から逃げる人々
そんな光景を目の当たりにして毎日不安の連続でした。
震災から5年経ちましたが、あの大地震で色々な事を経験し、心も強くなりました。
教訓から
今現在でも飲料水の確保、電池の確保、食料の確保、非常用ロウソク、ガソリンなるだけ満タン、お風呂に水やお湯をためるように心掛けています。
もう、あんな大地震は2度と来て欲しくありませんが…また いつか来るかもしれない大地震
備えあれば憂いなしって事で万が一に備えて準備しています。
あれから5年…
311の大地震により被災された皆様
また、大切な人を亡くされてしまった皆様
心より深くお見舞い申し上げます。
そして
一刻も早い被災地の復興を心から願っております。
Posted at 2016/03/12 01:10:48 | |
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