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れおん@036のブログ一覧

2010年02月28日 イイね!

キー(鍵)のこと

中古車を買うとき、新車時の付属品が完備しているに越したことはない。ということで今回は500Eに付属していたキー(鍵)を取り上げる。
(って次回のネタはあるんだろうか?)

さて、ひとくちに500E/E500のキーといっても、実は年式や仕向地によって付属キーは多少異なる、と思われる。というのも、少なくとも日本のD車に限っては、年式によってある装備が付いているか否かが違い、それにより付属キーが変わってくる。それはリモコンドアロック(オプションコード880)である。

このリモコンドアロック、国内D車では1992年は未装備でオプション設定もなく、1993年からは標準装備となった。もちろん1994年のE500にも装備されているのだが、1993年と1994年では多少付属キーが異なる。また並行車であっても1993年以降であれば装備されている車両が多いのではないかとは想像するものの、個別のオプションコードが割り当てられているということは本国ではオプションだったはず。おそらく新並なら装備していただろうが、中には1993年以降でも未装備車両があるかもしれない。ということでここでは現物が確認できる1993年D車を前提に、話を進めていく。

まず500を新車で買うと、車両とともにオーナーに渡された?のがこのプラスチック製キーケース。
両面に半透明スモーク状のフタが付き、中身が透けて見える。



スリーポインテッドスターが入る表側のフタを開けると、オーナーが日常的に使うことになるであろう赤外線リモートコントロール・システム付メインキー(以下リモコンキー)が2本セットされている。



500用の純正リモコンキーにはどうやら2種類が存在しているようだが、1993年モデルの新車当時に付属していたのはこちらのタイプ。スリーポインテッドスターが入る中央のボタンがロック/アンロックで、横の小さなボタンはキー部分を開閉するためのもの。つまり、いわゆるジャックナイフタイプになっているのだが、サイズがかなり大きい。しかしそれよりも日常使用において不便なのは、キーホルダーなどに通すためのキーリング部分が用意されていないことだろう。



ただし中古購入の自車に付属するキーは、このような内容になっていた。右から新車当時リモコンキー、後に購入したらしきリモコンキー、補助キーである。



この後に購入したらしきリモコンキーは1994年のE500に付属するのと同じタイプ(のはず)で、機能は1993年タイプとまったく変わらないものの、一回りコンパクトになっている。加えてキーリング部分が用意されたため、使いやすくなった。自分はキーホルダーに身の回りすべての鍵を付けないと気持ちが悪い性格なので、こちらを日常使用している。



なお1993年タイプは現在では供給されず、ディーラーでリモコンキーを頼むとこちらの小型タイプが出てくるはずだ。値段は結構高い、らしい(一度聞いたが、1万オーバーだったのは確か)。

新車にはこのリモコンキー2本に加え、キーケースの裏側を開くと、リモコンなしのキーも3種3本が付属していた。



まずは右の取っ手が四角いタイプ、これがすべてのキーホールで使えるメインキー、デザインは1992年以前と同じというか、リモコンキー登場以前のメルセデスのキーとしておなじみのもの(1992年はリモコンキーがないため、このメインキーが2本付属する)。実はこれ、自車には付属していなかったので「リモコンドアロック装備車にはメインキー付いてないんだ、そりゃ使わないだろうしなぁ」と素直に思っていたのだが、いまマニュアル読んでみたら1993年でも1本付属していたようだ。それを裏付けるように、先に挙げたキーケースの裏面にはリモコンなしキーを3本固定するスペースが存在していた。

左の取っ手が丸いタイプは、ドア及びイグニッションスイッチのみが回せて、トランク及びセンターコンソールの小物入れは回せない補助キー(サブキー)。いわゆるバレーパーキングで渡すためのものだが、前車260E時代から一度も使ったことがない(笑)

そして残りの1本は、機能的にはメインキーと同じですべてのキーホールが回せるけど、取っ手は付いていないフラットキー(右下)。マニュアルには「非常時用なので財布の中などに保管しろ」とある。なおこのフラットキーも自車に付属していなかったため、画像は前車260Eのもの。



ということで、

(1)1992年D車:メインキー X 2本、補助キー、フラットキーの3種4本(たぶんキーケースなし)
(2)1993年D車:リモコンキー(大) X 2本、メインキー、補助キー、フラットキーの4種5本(キーケースあり)
(3)1994年D車:リモコンキー(小) X 2本、メインキー、補助キー、フラットキーの4種5本(キーケースあり)

が500E/E500の新車付属キーだと思われる。

実際のところ中古車でキーが揃っていなくとも、現在でもディーラーに行けば買えるのであまり気にすることはないだろう。ただし旧タイプのリモコンキー(大)とキーケースは出てこない。キーケースはヤフオクなどで入手できそうだが、旧タイプリモコンキーはどうしようもない(他車のキーを入手してもしょうがないだろう)ため、新車付属品に超こだわる人はご参考まで。

……ちなみに購入時に付属していなかったメインキーがここにあるのは、連れに持たせておいて、自分の手が塞がってるときに開けてもらうために後日わざわざ買ったから。約6000円くらいと地味に高い。でもそんなシーンって今までに一度もない(笑)
それよりもマニュアルを確認したら新車にはメインキーが付属していた→ってことはあと抜けてるのはフラットキーだけということに気づいてしまい、フラットキーがちょっと欲しくなってしまったのがバカらしい。

これだけではなんなので、おまけのネタをひとつ。

「1992年と1993年は外観的には差がない」という雑誌記事があるのだが、これは正確ではない。確かにほとんど変わらないものの、D車であれば見分けることは可能だ。それはリモコンドアロックの有無によるもので、装着車の運転席側ドアノブはこのようになっている。



このように、キーホールがないのだ。本来キーホールが設けられていた場所にはリモコンドアロックの受光部兼動作インジケータが装着されている。500にはハザード点灯によるアンサーバックなんて気の利いた機能はないものの、ロック時は赤、アンロック時は緑にこのインジケータが光る。意外と明るいため、日中でもきちんと認識可能だ。

トランク側はキーホールは残されているが、左側にリモコン受光部はある。



ただし意味不明なのが、助手席側ドアノブにはリモコン受光部なし、キーホールありなのだ。つまり助手席側から近づくと、リモコンドアロックが使えない。これは1993年式に限らず、1995年のE500LTDまで同様である(社外キーレス装着車は除く)。



ということで、運転席及びトランクにリモコン受光部がなければ1992年式、あれば1993年式と、見分けは付くのである。
Posted at 2010/02/28 02:16:23 | コメント(4) | トラックバック(0) | 500E | クルマ
2010年02月08日 イイね!

ウルフ・カウンタック1号車とRallye Racing(と500E)

ちょいとデザインを変更した。それにまつわる駄話をひとつ。今回はあまり500Eに関係ないうえ、超長文。必ずしも当時に感じた、わかったことを時系列に並べているわけではなく、後年に聞いた、わかった、考えたことも含めて自分なりに解釈したお話。

自分のクルマは一点だけ目立つノンオリジナル部分がある(これに関してはいずれ戻す、問題は予算捻出……)ものの、それ以外は完全にオリジナル状態を維持している。そしてブルブラ/黒革の組み合わせなので、とても地味だ。

オリジナル維持は500に限らず、自身のカーライフにおけるスタンスなので、地味なのはしょうがない。ただ複数の500が集まるような場所では目立たないことこの上なく、自車がひと目でわかるような効果も狙い、何枚かステッカーは貼っている。ステッカーなら気に入らなければすぐに剥がせる、お手軽モディファイだ。

そのうちのひとつがこれ。



左右ヘッドライト下に貼った”Rallye Racing”のステッカーだ。この狭いスペースにピッタリのサイズで、ヘッドライトワイパー脇へキレイに収まる。小さいが、黒に赤という組み合わせはインパクトがあり、非常に自車がわかりやすくなったので狙い通り。もっと大きいサイズも存在するのだが、個人的にはこの場所に貼れないと意味がない。

そもそもRallye Racingとは、ドイツで発刊されていた(たぶん今は出ていないと思う)クルマ雑誌だ。一時、日本でもユーロ系カスタマイズでこのステッカーを貼るのが流行ったらしいが、そちらについては気づかなかった。しかしその名前とこのデザインは、子供の頃からずっと気になっていたのだ。

その原因は、これである。



カウンタックLP500S、その中でもウォルター・ウルフがオーダーした、いわゆるウルフ・カウンタックの1号車だ。このクルマの伝説や風評についてはここでは触れないが、特徴的なディティールが見受けられるワンオフ車両であり、しかもその現車がスーパーカーブーム当時に並行業者”オートロマン”によって日本へ輸入された。

……とはいっても1974年生まれの自分にとっては、いくらそのころからかなりクルマ好きの子供であったとはいえ、カメラを構えて道端でクルマを待ち構えるほどにスーパーカーブームの中に居たわけではない。このクルマについてはスーパーカーカードなどで「特別なカウンタック」という程度の知識はあったが、現車はもちろん、当時流行したレプリカも(当時には)実際に見たことはない。

それなのにLP500Sに対して思い入れがあったのは、タミヤが1/24でプラモデル化していたためだ(上に貼った画像も実車ではなく、タミヤオフィシャルのタミヤ1/24製品情報から引っ張っている)。クルマ好きの子供として、時々各社のプラモデルを買ってもらい組み立てたが、他のメーカー製は子供にはなかなかうまく組み立てることができなかった。しかしタミヤ製だけは違った、当時から誰が組んでも、きちんと完成する精度を誇っていたのだ。そんな当時作ったプラモデルのひとつがこのタミヤ製LP500Sで、非常にカッコいいプラモ(クルマ)だなぁ……と感じたのである。

またタミヤ製品はボックスアート(箱絵)も非常に優れたデザインだった。手にしたLP500Sの箱にはあの赤/黒のカウンタックが描かれている……そのボックスアートで非常に目立ったのが、LP500Sのマーカーランプ前に貼られたRallye Racingのステッカーである。これはプラモでもデカールとして再現されていた、ただし幼稚園児が組んだプラモなので塗装もせず、たぶんデカールも貼らなかった(貼れなかった)のではないかとは思うのだが「このマークはなんだろう?」と記憶の奥底に仕舞い込まれることとなる。

それから10年近くの年月が過ぎ、クルマ好きの幼稚園児はクルマ好きの中学生へと、順調に成長していた(いや、この時にクルマに対して興味を失っていれば、もう少しまともな人間になっていたかもしれないのだが……)。中学校に入ってからはカーマガジンとモデルカーズを愛読し、CGそのほかの雑誌は立ち読みして知識を貪欲に吸収、もはやエンスー気取りの耳年増である。

そんな時代が昭和から平成に変わったばかりのある日、駅前の書店でいつものようにクルマ雑誌コーナーの前に立つと、なんか心の琴線に触れるかのようなコピーが目に付いた。

”発見!ウルフ・カウンタック第1号車 完全追跡レポート”

……ウルフ1号車ってあの赤いLP500Sだよな?まだあったんだ……なに、この雑誌、買ったことないな……

手にとって中をパラパラと見た自分は、その雑誌を買っていそいそと帰宅し、むさぼり読むことになる。それは”GENROQ”の1989年4月号(No.34)だった。



その内容は驚きの連続だった、幼稚園児当時には知らなかったような情報も事細かに執筆されている。ウルフ1号車の成り立ち、オートロマンによって輸入されたこと、そしてその後も日本にあり続け、現在(1989年)はさるオーナー(O氏)が所有、しかし現状ではある工場(デルオート、蛇屋じゃなくてATのほう、写真をよく眺めると多摩堤通りの土手が確認できる)の中でバラバラ、ボディ各部にはエアブラシアートが……

この時、ウルフ1号車の毒に犯されてしまった。なんてミステリアスな存在なんだろう……そして、クルマ雑誌ってこんなに面白い記事もあるんだと、一発で打ちのめされた。こんな記事を書く人って、いったい誰なんだ?

クレジットを確認すると、そこにあったのは”福野礼”(現:福野礼一郎)という名前。聞いたことないけど、こんな面白い記事を書く人ならこれからは気にしておこうと決めた。”誰”が書いているかを意識して、雑誌を追いかけるようになったきっかけの二人目である(ちなみに一人目は、モデルカーズを創刊した平野克己氏)。

このGENROQ1989年4月号を繰り返し読んでいると、ウルフ1号車について福野氏が取り上げたのは初めてではないらしい。この頃には日常的に古本屋に出入りするようになっていたので、GENROQのバックナンバーを探し出す(1989年1~2月号)。また4月号では今後も記事が続くような終わり方となっていたので、次号からはGENROQも買うようになった。残念ながら福野氏によるLP500Sレポートはその後に掲載されることはなかったのだが、当時GENROQに深く関わっていた氏は他の記事も多く手がけていた。そして連載記事”福野礼のスーパーカー・ファイル”で、少年は完全に信者と化す。そして福野氏が離れるとともに、自分もGENROQの購入は止めてしまった。

その数年後、福野氏のスーパーカー関連記事をまとめた”幻のスーパーカー”という単行本が出る。そこには出荷直後(納車風景?)なのか、エンジニアたちとともに、ウルフ1号車の前で写真に納まるウォルター・ウルフの姿があった。しかしそのウルフ1号車の小さなモノクロ画像をいくら見ても、あのRallye Racingステッカーらしきものはない。

ここで疑問が生じた。記憶中枢の奥深くにしまいこまれていた、あのタミヤ1/24でも再現されていた、あのRallye Racingステッカーはなんだったんだろう?自分にとってはウルフ1号車=Rallye Racingという刷り込みがあるが、どうやら出荷当時には貼られていないようだ。

件のGENROQを引っ張り出すと(1)外紙の掲載写真(2)日本上陸直後にスーパーカー・ショーに出展された時の写真、そして(3)1989年当時の姿が確認できる。(2)の時点で既にRallye Racingのロゴはなく、輸入業者オートロマンのロゴに変わっている(ただし画像はないものの、文中では上陸当初はRallye Racingロゴのまま、オートロマンのショールームに展示されていたという記述がある)。(3)の時点では、マーカーレンズの下にはなんのステッカーもない。また時系列が前後するが、映画”蘇える金狼”で早朝の銀座を疾走したときはRallye Racing、オートロマンともになかった。

もう一度各記事を読み直す。するとRallye Racingロゴがある(1)は、当時にクルマ雑誌Rallye Racingが取材したときの写真らしい。もう少し調べてみると、Rallye Racingで取材・掲載されたクルマは、車種を限らずほとんど(すべて?)の場合、クルマのどこかにRallye Racingステッカーを貼って撮影しているようだ。

なるほど、それで永年の謎が解けた。ウルフ1号車を世界で初めて取材したとされるRallye Racing、さすがにタミヤとはいえ、ウルフ1号車の現車は取材できずに外紙記事を資料としたのかもしれない(既にLP400のプラモは製作していたので現車が採寸できなくとも大筋問題はないだろう)。もしくは上陸後に取材したがその時点ではRallye Racingロゴが残っていた、またはオートロマンロゴに変わっていたけどさすがにそのままプラモにはしなかった、というところだろうか。

とまあステッカーという小さなネタではあるが、やはりウルフ1号車にこだわる人には強烈な刷り込みとなっているのか、現在のオーナーも現車を入手・レストアした上で、マーカーレンズ前にRallye Racingステッカーをきちんと貼っている。

さて、ウルフ1号車とRallye Racingの関係はこれであらかた終わりなのだが、ではなぜ500Eに貼っているのか。そもそもは「LP500Sと500E、どっちも”500”だ、Rallye Racingステッカー貼ったら面白いかも」という思いつきでしかない。その流れで「希望ナンバーで”30-82”を取る」というのも考えた(笑)
(30-82は、ブーム当初から現在までウルフ1号車が付けているナンバー)

しかしそれ以上の理由は、ある意味ではこのウルフ1号車の存在がなくしては、自分が現車500Eを買うことはなかったかもしれないからだ。

自分が今の500Eに決めた理由は、程度とか整備履歴とか値段とか雰囲気とかいろいろあるのだが、もうひとつ”この店(人)”から買ってみたい”というのがあった。大通り沿いにきらびやかなショールームを構えているわけではなく、また社長一人でやっており、広告も一切出していない。でも一部の人には名前がよく知られている、そんな店だ。

そんな店の存在に気が付いたのは、福野氏の記事を追っかけていたためである。そもそも福野氏の記事を追っかけるようになったのは、ウルフ1号車の存在がきっかけだ。ということは、まだ見たことのないウルフ1号車が、この目の前の500Eに引き合わせてくれた、ともいえる……などと考えながら、商談中に「GENROQのウルフ1号車の記事がきっかけで、福野さんのファンになって……」なんてことをとポロリと漏らした。

するとA氏は、これまた(自分にとっては)衝撃の事実で返してきた。「ああ、あのクルマならデルオートでバラバラになってたところを見てますよ。当時からよく出入りしてたんですが、ずっと置いてありましたからね~」

……これは単なる偶然でしかない。ただ、自分がこの500に路上で出会ったのが完全なる偶然で(売りに出ていたのは半年以上前から知っていたが、見にも行ってなかった)、しかも売主があのウルフ1号車発掘記事のリアルな風景を見ていたなんて、偶然にしてもそうそうあるものではない……くだらない思い込みであることは十分わかってはいるが、LP500Sが500Eを介して自分を呼んでいるのか?

この商談初日はいったん保留にして帰ったのだが、たぶんこの時点で気持ちは決まっていたと思う。即答しなかったのは、現車を見ないで断れない関係からのオファーがあったためだ。後日確認したそちらの車両は、はっきりいってほとんどケチの付けようがなかった。ただ当初に伝えていた予算をオーバーしていた、交渉の余地は残されていたのだが、もし値下げされると決めきれなくなってしまう。そこで予算オーバーを理由に、呼ばれたような気がする現車に決めた。

Rallye Racingステッカーを左右対で、しかもヘッドライト下に貼らなくてはいけないのはこれが理由である。ウルフ1号車へのオマージュだから、フロントウィンドウやボディサイドじゃダメなのだ。決して広いスペースとはいえないW124のヘッドライト下にピッタリのサイズが存在したというのも、これまた運命なのだろうか。ということで他人が見たらまったく意味がわからなくとも、個人的には大変気に入っていて、予備もきちんと用意してあるのだ。
-----------------
■2010/02/09追記

えっと、資料読み返したらちょっと気になる記述を見つけてしまった。本文を編集して消すのはちょっと違う気がするので追記。

>(2)の時点で既にRallye Racingのロゴはなく、輸入業者オートロマンのロゴに変わっている
>(ただし画像はないものの、文中では上陸当初はRallye Racingロゴのまま、
>オートロマンのショールームに展示されていたという記述がある)。

と書いた。これはGENROQ1989年1月号から引用。

しかしF-Road2008年7月号では(これ別にウルフ1号車に関する記事ではないのだが)「日本に来てオートロマンのショールームで見たときはもう(Rallye Racingステッカーは)ついてなかったけど」という記述がある。

書いたのは両方ともF野氏なのだが(笑)、一体どっちなのよ!(笑)
感覚的には後者かな、と思うけど……
Posted at 2010/02/08 22:28:29 | コメント(4) | トラックバック(0) | ひとりごと | クルマ
2010年02月07日 イイね!

大黒から砧公園

今日はおは大で大黒だが、sai105さんと早めに約束してたのでちょい暗いうちに出ようとした。

しかしエンジンに火を入れるとちょっと気になる症状が……1発くらい失火してるのか、妙に振動がある。これ1年くらい前(つまり寒い時期)にも一度出た、その時は再始動で解決したので同じようにする。ひどくはないが、普段よりはやはり振動がある……デスビ内に湿気が入ってリークしてるんだろうか?少しアイドリングさせたら収まった。

以前に症状が出た時はその後に再発しなかったこともあるがその時点では特に何もせず、夏前の定期点検時に伝えて一応チェックはした(で、特に何のコメントもなかったということは、問題はなかったはず)。デスビ関連は納車ちょい前に変えてるのでまだ2年くらい、それでも駐車中に湿気が入り込むことがあるんだろうか。気持ち悪いのは、昨日始動した時はまったく問題がなかったこと。今朝に雨が降ったわけでもないので、そんなに湿度が高いわけでもないだろうし、昨日は洗車もしてないし。

まあ症状はすぐに収まったし、様子見ながら暖気走行しても問題なさげなので、とりあえずそのまま向かう。大黒行くときはいつも第三京浜経由なのだが、この時期は最短距離で向かうと玉川でも水温が上がりきらないので、今日は環七経由で少し遠回り、ちょうどよい感じ。つーか7時頃だとやたらと空いてる。

んで到着。やたらと寒いのでそそくさとマックへ。店を出たころにはぼちぼち、皆様方ご到着。初めてお会いしたノーマルE500の人と話しこんでしまううち、時間が過ぎてしまったのでsai105さんと次の目的地へ。でも第三京浜と首都高ルートで別行動(笑)

向かった先は砧公園。500?の集まり……



嘘です、全体像はこれ。





青山にある濃い古本屋、ロンバルディの店主が主催するイベント”世田谷モーニングクルーズ”は、何の縛りもないゆるーい集まり。

http://lombardi.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/2010-0c99.html

でもやっぱり、集まる人もかなりのカーキチたちでなかなか楽しい。ミニカー方面でもかなり濃い方とお会いした。

毎月第1日曜に開催して今日で1周年、ただし開催されない時もあるので注意(秋口は危険)。来月はどうなんだろう?

http://lombardi.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/1-a1d6.html

昼ごろまでうだうだと話し込み、それから友人と昼食のため移動していたら、世田谷のポルシェセンターから出てくるボーナイトの500発見。チラッと見ただけだが、US仕様風のピンストが入っていたような?やっぱりブルブラ以外の500はいいなぁ、ただボーナイトって以前も取り上げたが、意外とよく見かけるので雑誌がいうほどレアカラーではないとは思うけど。

しかしお目当ての店は臨時休業というオチで、その近くで適当に済ませておしまい。なお始動時の振動は、その後は一度も発生せず。
Posted at 2010/02/07 23:54:45 | コメント(1) | トラックバック(0) | ひとりごと | クルマ
2010年02月05日 イイね!

ナンバープレートの数字

希望ナンバー制度が取り入れられて、多少なりとも個性が発揮できるようになった?ナンバープレート。自分は以前はまったく気にしていなく、260Eのときは非希望でそのまま払い出されたナンバーにしていた(もちろん、覚えやすい番号が割り当てられるといいな、程度の意識はあったが)。

500Eに乗り換えたときは、ちょっと思うところがあって、希望ナンバーを取った。そうすると500に限らず気になるのが、他車のナンバープレート。気をつけて見ていると、意外なまでに希望ナンバーのクルマって多い。たとえば「11-22(いい夫婦)」とか「11-88(いいパパ)」なんて語呂合わせも結構目に付く。また逆に「11-12」なんてわかりやすいナンバーが非希望で付いていると「すげー!」と思ってしまう(笑)
もっとも大部分は意味がわからず、クルマにも関係なさそうで、記念日でもありえない(たとえば最初のヒト桁が”3”で始まる4桁とか)番号で、頭を悩ませてしまうのだが。

んで500のナンバー、これはぶっちぎりでよく見かけるのは「・5-00」だろう。500Eに限らずSL500やらCLS500やらS500やら、はたまたフィアット500やらでよく消費されるせいか、分類番号も進んで、なんと品川管轄ではすでに”355”まで行っているらしい(わたしゃ品川管轄じゃないですが)。
http://www.k5.dion.ne.jp/~nplate/list/kibou/k0500.html

じゃ次は……と思って、ミーティング時に撮影した写真を何枚か見てみたけど、意外と次は法則性が無かった。「非希望」と「希望だけど意味はわからない」が同じくらいのイメージか。誰でもすぐに思いつきそうな「・1-24」は500に限らず、W124ではあまり見かけない気がする。というかメルセデスでコードナンバーってのは世代を問わずにあまり見ない(ポルシェは多いんだけど)。「・・-36」ってのは自分でも考えたが、過去に見たのは1台だけかもしれない。あとは「排気量」とか「年式」ってのがわかりやすいところだろうか。

ちなみに自分の希望ナンバーは「意味はわからない」パターンで、西暦にも記念日にも当てはまりそうもない数字だから、他の人にとってはまさに謎だろう。ネタをバラせば非常に単純で、前車260Eの時に払いだされた4桁をそのまま希望しただけ。両車とも色がブルーブラックで同じため、クルマに興味がない人が見れば乗り換えに気づかないこともあり(←実話)、実はかなり気に入っている。いや、実際はクルマに興味がない人が他人のナンバーなんて覚えているわけもないのだが、そこはそれ、自己満足だからどうでもよい(笑)

もともとは、260Eが嫌になって乗り換えたわけではないのでなにか引き継げないかと考えていて思いついたのだが、こういうことができるのでいい制度かもしれない。ちなみに知人で、希望ナンバー制度が取り入れられる前に、ある番号がどうしても欲しくて陸運局に日参したという人がいるが……昔のクルマ雑誌を見ていると、お金持ちのオーナー車両は複数車種間で番号が揃っていたりするのも、基本的に同じ手口だったようだ。

ということで、意外とナンバープレートの数字も面白いねぇ、というお話。

おまけ画像。



実家にあったオペル・ベクトラの4桁を並べ替えると、自分のナンバーになる(偶然)。
しかしそれよりも注目してほしいのは、二桁ナンバー時代に分類番号が”36”まで到達していること。これは名古屋管轄だけで、しかもその後すぐに3桁時代に移行してしまったので、なかなかレアなナンバーである。
http://www.k5.dion.ne.jp/~nplate/list/2keta/33.html
(ただこのベクトラはもう手放したので、このナンバーも存在しないと思われるが)。
Posted at 2010/02/05 04:10:50 | コメント(5) | トラックバック(0) | ひとりごと | クルマ
2010年01月24日 イイね!

ようやく入手、ベッカーのマニュアル

自分の500は、個人的にはわりと程度がよいほうだとは思っているものの、少なくとも自分で5オーナー目というせいもあるのか、新車時の付属品が完備というわけではない。目立つところだけでも、

・フラットキー
・懐中電灯
・オーディオ用リモコン
・ビーグルデータカード

が抜けていた。ビーグルデータカードはもう入手の望みはないのでどうしようもない。懐中電灯とフラットキーは注文さえすれば新品が買えるはずだが、両方とも使い道がないのでとりあえずパス。あの巨大なオーディオ用リモコンは、時々ヤフオクに出てくるのできれいそうなもの(元箱付き)を手に入れておいた。もちろんこんなものはなくとも困らないので、通電確認だけしてどこかに仕舞いこんでしまったのだが。

で、ずっと気になっていたのが、マニュアル類だ。車両本体のマニュアルは、きちんと93モデル用が付いていた。そして93モデルに装着される、テクニクス製CDチェンジャーのマニュアルもある。なのに、ひとつだけ欠品していたのが、ベッカー製ヘッドユニットのマニュアルだ。おかげで最初は操作の一部がわからず(使い道の不明なボタンがある)、困ったものだ。

まあ操作方法については知人にマニュアルを見せてもらったためとりあえずは解決したのだが、本来あるべきものがないというのが気に入らず(CDチェンジャーもこれに当たる)、ずっと探し続けていた。とはいっても車両本体の説明書ならともかく、オーディオ単体の説明書なんてヤフオクにも出品されないのだ(欲しがる人もいないだろうし)。ごくたまにベッカーを含む500Eマニュアル一式というのが出品されるものの、そういうのはけっこう強気の値付けで、さすがにそこまでの価値は見出せない。

んで探し始めてから1年半、ようやく入手。実はこれ、ベッカーのマニュアルとしてではなく、車検証入れとして出品されていたもの。そのオマケにベッカーマニュアルが付いていたので、そちらのみを目的として落札。自分にとっては車検証入れがオマケだ(笑)



中を確認すると、ヘッドユニットだけではなく、92モデル用の吊り下げ型CDチェンジャーの説明も入っている……以前見せてもらった93用ではこの記述なかったような気がするな、そもそも別添付でテクニクス製CDチェンジャーのマニュアルはあるし……ということは、ベッカーマニュアルでも92用と93用は別物なんだろうか?
だとすれば、まだマニュアル探しの旅は終わってないことになってしまうのだが……
93付属のベッカーマニュアル持ってる人は、吊り下げ型CDチェンジャーの記述があるかどうか、教えて下され。

ついでなので車検証入れというか、マニュアル含めた書類一式を納めるケースについて。



93ヤナセ車の自車に付属していたのは、右の赤革のもの。今回入手したのが左のナイロン製。これ500に限らず、同時代のメルセデス中古車の付属品を見ていると2パターンに分かれているけど、なにが違うんだろう?ヤナセorシュテルンで違ったんだろうか?

ちなみに前車の92ヤナセ車260Eでも赤革だったのだが……これは付属品完備のワンオーナー車だったし、メインキーに付いていたキーホルダーも同じ赤革だったので、ヤナセ=赤革なのかなあ、とは思うんだけど。

追伸。
文献リストに追加させていただきましたよ>S氏
Posted at 2010/01/24 02:14:40 | コメント(2) | トラックバック(0) | 500E | クルマ

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「てすてす」
何シテル?   05/18 00:51
いろいろ好きなクルマはあっても、実際に買ったクルマ/バイクは地味なのばかりかも。というか、ほとんど同じクルマ/バイクを各2台乗り継ぎ(どちらも普通の人は気付かな...
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