天心のブログ一覧

　奥の方に職員たちの準備室がある．六畳ほどの和式の部屋である．そこにある私の名前の書かれたロッカーの中に制服があるらしい．きれいな水色の制服だ．とても気に入ったのだが，どうもおなかのあたりが苦しく感じる．後で取り替えてもらうことにした．
「木田さんー！，こちらに来てください．」
遠くで女の人の声が私を呼んでいた．急ぐと汗が出そうなので，大股で歩くことにした．私が生まれたのは大暑の翌日，７月２４日だ．母親の話ではとても暑くて，産むのが大変だったらしい．おかげで，暑さには強い方だ思っていたが，この医院はそれ以上に暑いようだ．早く家に帰ってビールが飲みたいと思ったら，急におなかが空いてきた．朝食はそれほど長くは胃の中に収まらないようだ．
　ふうふう言いながら，医院の小さな薬局に行くと，すでに３人の職員がそろっていた．一番年上と思われるＫさんは，私の方をじろっと見ると，
「もう少し早く出勤してください．あまり遅いと院長に怒ってもらいますよ．」と子供に言うような脅かし方をする．
もう一人のＯさんは色白で全体的に丸い形をしている．いつも笑っているだけで，一言もしゃべらなかった．私が会釈をすると，同じように会釈を返してきた．３人目のＭさんは色黒で背が高く，声も大きかったので，ここのリーダーかと思ったが，後で聞いたら，私の前に入社したばかりらしい．

（続く）

　所々に、空き地や駐車場がある閑散とした住宅地に、その医院は建っていた。今日から私はここで働くことになった。思ったよりもこじんまりした敷地の中に、ちょこんと、まるで田圃の中の一軒家のように見えた。壁がよく見ると少し傾いているようだ。これ以上傾かないようにつっかえ棒がある。そしてその棒には、「サワルナ」と書かれた紙が貼ってある。
　出勤したら裏口から入るように言われたので、その通りにしたつもりだったが、正面玄関だった。既に出勤していた先輩からにらまれてしまった。これはまずいと思ったが、裏へ回るのも邪魔くさいので、そのまま医院の中を突っ切ることにした。奥の方から、背の高くて痩せた男が現れた。この男がゲームに出てくるキャラなら、戦闘ポイントは低そうである。
　私は人から世渡りがうまいと言われている。それは口が上手と言うことであるから、それを実践しようと思った。
「先生、おはようございます。今日からここで働くことになった木田と言います。まだまだ未熟ではございますが、よろしくお願いします。」
自分ながら完璧な挨拶だと思ったが、院長らしいその男は、「ふーん、おはよう。」と言って向こうの方へ行ってしまった。
緊張したせいで、汗が噴き出した。なんだか感じが良くない優男である。これからが思いやられそうだ。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（続く）