2010年07月31日
私と同じような感性の人がいました。
ここ。
まさに同じ感想です。
Posted at 2010/07/31 00:34:46 | |
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2010年07月30日
車が来る前からけっこう放置されているのがある。
ライブドア版、気まぐれトンボの気まぐれ日記
元々は病気になった時に何かしないと…
と、始めたブログ。
自分でも読み返す気はない。っちゅうか読めないやろな。
たぶん文章は変。
書いてる事も変。
でもこれが自分の歩んで来た道だから消す気はない。
途中からギターネタばかりになってるのが自分でも笑える所。
一時期は酷道ネタ。
最近酷道なんか行ってないから行きたいなって思ったり。
隧道なんかも行きたいけど…
紀伊半島最長の手堀隧道と言われる深谷隧道…
もう一回行きたいなと思ってる。
ただアーデンじゃ難しいやろな。
たぶん下回りを摺るのは避けられないと思う。
入り口に突入する根性があるかどうかも問題。
あ~やっぱり山がすきみたい。
でも、明日も仕事…
頑張らないと(泣)
Posted at 2010/07/30 21:29:54 | |
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2010年07月28日
サザンの桑田さんが食道がんだと言っていた。
サザンと言えば「いとしのエリー」
でも私はオリジナルよりレイ・チャールズのエリー・マイ・ラブが好きです。
例えば有名な曲だと「ステン・バイ・ミー」
当然ベン・E・キングも捨てがたいですが、私はジョン・レノンのバージョンが好き。
ブルースだともっと色々出てくる。
まぁレイ・チャールズはあのCMが良かった。
あれはウイスキーのCMやったかな?
ピアノを弾いているレイ・チャールズ人形が欲しかった…
一度だけ、レイ・チャールズのコンサートに行ってます。
(ライブと言うよりはコンサート、いやショーだったかも…)
わりと前のほうだったんですごく楽しかった。
あの時はちょっと無理して見に行ったけど、行っておいて良かった。
その次の年は来たけど、その次は無かった…
ライブと言えば…
やっぱりローリング・ストーンズ。
初めて(一回だけしか行ってないけど…)見たときは全身で感動した。
最初の数曲は涙ながらに見ていた。
あれから何年たっただろう?
今でもあの感動は忘れてない。
なんかまた、グダグダと書いてしまいました(笑)
Posted at 2010/07/28 22:00:43 | |
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2010年07月28日
ウチの会社、結構車好きが多い方だと思います。
で、朝から会社の人に聞かれました。
「ビートはまだ持ってるん?」と。
もう何年も動いてないって話をしながら、また乗りたいなぁ…
そもそも、前に乗ってたジャガーの後、ミニに乗って、事情があって手放して、もう趣味の車はしばらく乗らないぞって思ってた時に…
知り合いの車屋(アーデンを引っ張った所です。)が軽四専門店をオープン。
冷やかしで見に行った所、店の特等席にビートが。
真冬なのになぜビート?
と思いながらも興味津々。
なぜかおいでおいでをしていたみたい。
かなり思案して買うことに。
契約書を書きに行った日は、見事に雪景色でした。
ルーフに雪を乗せて震えていたビート。
納車されたのはやっぱり寒い日。
とりあえずエンジンを掛けてひとっ走り。
これいい!!
パワーもそれなりにあって、何よりも軽い。
次の日の夜、屋根を開けて走ってみた。
寒いけど、冷たい空気が心地よかった。
それからは休みのたびに山へ放浪の旅(笑)
和歌山の山で遊ぶには丁度いいサイズとパワー。
そんなビートにも危機が訪れます。
そう、私の財政危機。
車検を取らずに放置され、何とか車検所得。
また休みの度に山へお出かけ。
そしてまた危機が…
これも何とか乗り越え、再度復活。
それが今の会社に就職した次の年だったかな。
ビートは実家に置いてあるんで乗りたくてもなかなか乗れない。
で、また車検を取らずに放置。
今に至る。
ほんとはアーデンなんか買わずにビートの復活を目論んでいた。
でもアーデンの、いやジャガーの魅力を知っていたがゆえに買ってしまった。
後悔はしていない。
でもビートは必ず復活させたいと思ってる。
だって、ジャガーの魅力にも負けない魅力がある車だから。
オープンにして走ると気持ちいいの。
だからアーデンもサンルーフ開ける回数が多いと思う。
ほぼ毎日開けてたもんなぁ(笑)
Posted at 2010/07/28 21:11:10 | |
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2010年07月27日
前の会社、金型を作っていました。
最終的に私は簡単な図面を書く事が出来て、NCのプログラムを作れて、NCの操作が出来て、放電加工機が使えて、ワイヤーカット放電が使えて、そして金型の仕上げが出来て、配達、立会い…
まっ金型に関する事は一通り出来るようになってました。
そして、現場との軋轢、何よりも時代の流れに乗る事を否定する社風に嫌気がさし辞める事になりました。
辞めますって言ってから辞めるまでの間、引継ぎ等も特に無く、ただただ居心地の悪い日々でした。
引継ぎは辞める半年以上前からキチンとしていたから会社に迷惑は掛けていないはず。
ちょうど私が辞める時に師匠も無事定年退職となりました。
で、今の会社に就職したんですが…
金型と言えば量産、今回は試作をする会社に就職しました。
一応金型部門もあったんで当初はそこに配置。
そして仕上げをしていた人が辞めると言う事件があった。
仕上げをする人が居ない状態で金型はどんどん加工が進む。
そんな時、当然経験者である私に白羽の矢が立った。
でも金型の仕事をしたくなかった私は固辞。
常務から言われても断っていた。
そんな時社長から呼び出し。
社長が言った事は「悪いけど次の人が見つかるまで現場へ行ってくれんか?」
それに対して私は「はい、解りました。」
これが私とオヤジの絆を作った。
ワンマン社長で機嫌が悪いと怒鳴り散らしてるって社長だけど、なぜかあの時はお願いしてきた。
命令なら断っていた。
頭を、それも社長が平社員に下げてでも行って欲しいなら私は行きます。
まっそんなこんなで現場で仕事をして、何とかCADの仕事に戻った。
そして色々あって退社する事に。
社長と膝を交えて話をした。
社長とはほとんど話をする事もなかったけど、ちゃんと絆があった事が確認できた。
そう、現場に行った事。
オヤジも口には出さなかったけど、感謝してくれていたらしい。
私も頭を下げたオヤジに社長とは…ってのを見た気がした。
辞めた理由は色々あるけど一番大きかったのは人間関係。
で、病んでしまいました。
辞めてからも色々あったけど友人に支えられ何とか立ち直った頃、オヤジから電話。
「具合どうや?」「ぼちぼちです。」「そうか、そろそろ戻ってくるか?」「はい。」
と言った会話で復帰しました。
前の会社ではよい師匠と弟子に巡り合えた。
今の会社でオヤジと出会えた。
これが私の何よりの財産です。
復帰した時にオヤジに昭和20年の10銭を持って行った。
私の祖母が集めていた古銭の中にあった10銭。
たかが10銭、それをえらくよろこんでくれた。
オヤジは昭和20年生まれ。
それだけに事。
その10銭は社長室の机の上に飾られています。
気持ちには気持ちで応えてくれる。
そんなオヤジが好きでこの会社に居てる。
仕事は…
まぁオヤジが呼び戻したって事で周りの対応は激変した。
そんな人間関係がいやだったけど、オヤジが必要としてくれている間はここに居ようと思ってる。
今日も長々と独り言…
Posted at 2010/07/27 22:10:30 | |
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