2011年04月14日
宮城県で、ボランティアの方のドライバーニーズがあったため、先日行ってきました。
仙台駅に比較的近いNPO法人の活動拠点に集合し、そこからまずは利府の避難所へ。
海から離れていることもあり、クルマから見える景色からは、まだ被災地にきた実感がわきませんでした。
利府から七ヶ浜町へ。最短ルートでは、多賀城市の渋滞にはまるため、塩釜から何かするルートを選択。
突然、先の信号機が消えていて、何でだろう?と思った次の瞬間、我が目を疑い言葉を失いました。
その信号機までは普通の街並みがあったのに、信号機から先には何にもない。津波の後の無惨な景色が広がっていました。
七ヶ浜町の避難所でボランティアの方が活動中、クルマで待機していると、ラジオから地震速報が。
そしてNPOの方から電話があり、「地震大丈夫ですか?津波がきたら避難して下さい。」
でも、すっごい風で、クルマが揺れているのが風のせいなのか地震のせいなのかわからず、地震の大きさが体感できない。
ちなみにその時いたのはかなり海の近く。津波がきてから逃げて間に合うのかな〜。どこに逃げよう。ここ標高高いとは聞いてきたんだけど・・・。まさに自己責任ってこういうことなのね、と己の無力さを実感。
でも、目の前では子供達が無邪気に遊んでいる。
自分の微妙な緊張感と目の前の光景のギャップに違和感を覚える。
彼らがまったく動じてないのだから大丈夫なんだろう、と結局他力本願な判断でそのまま待機してました。
それにしても、1日中余震が続いていて、それだけでも精神的に落ち着かないだろうな〜、と思いました。
テレビの報道では、前向きに明るく頑張っている被災者の方々の姿を目にすることが多いけれど、ボランティアの方達の話を聞くと、直接声をかけられる雰囲気ではないとのこと。それくらい、疲労とストレスが限界にきているということです。そして、気を遣いながら活動するボランティアの方達の負担もきっと大変だと思います。
現地に足を運んでみて、長期的な支援活動が必要だということを実感しました。
Posted at 2011/04/14 18:56:28 | |
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