
先日からタイヤの脱落や整備中の車両の下敷きになる等、DIYに関連すると思われる事故が多発しています。
これらは報道として取り上げられたものであって、大きく報道されないものを含めれば、毎年それなりの件数が起こっているのかもしれませんね。
車好きにとって車とはかけがえのない存在でもありますが、『車は走る凶器にもなりうる』という言葉があるように、場合によっては危険な存在にもなりかねません。
ルールを守らなかったり、誤った知識による誤った整備等もこれらに含まれ、紐付けされるものだと思います。
私は資格を有した上でDIYを行う立場ではありますが、仕事柄で特定の部位に限定して熟知しているだけで、全体の基準や作業方法も熟知というわけではないので、当然素人に分類されます。
自分がよく触るブレーキやサスといった下廻り全般に関しては、一応仕事で20年(本格的にDIYを始めた当時は10年)以上従事した経験と知識という面、またそれらのトルク管理には信頼できるトルクレンチを使用する等、こういった確実性から自分で整備するという判断に至っております。
なので、逆にこれらの確実性が持てないと判断した場合は、迷わずプロにお願いするという事ですね。
で、同業者の方なら聞き覚えのある言葉だとは思いますが、車の作業箇所によっては『Aランク作業』という部位が存在しており、Aランクとはその部位の未締付や不具合が起こった場合、人命に直結するような重大な事故につながる恐れがあるというような意味合いです。
ブレーキや足廻りといった部位の作業は、ほぼ全てがこのAランクに該当し、自分が若い頃に当時の上司から…
『お前が一つ不具合を出したら、人の命が一つ脅かされるものだと思え!』
…と厳しい言葉で指導されてきました。
非常に重要なので、そんな意識を常に持て!って事です。
そんな重要な部位の分解難易度ですが、さほど高くない箇所が存在するのがまた厄介。
極端に言えば、知識を全く持たない方がメガネレンチ1本と素手で分解してしまえる箇所も存在するって事。
DIYは分解した場合、再びメーカーが定めている組み付け方法やトルク管理基準等、元々の状態に戻せて初めてDIYが成立するわけなので、無知な方が興味本位で手を出すのは非常に危険だという事を意味します。
ここでトルク管理基準を例にして、トルクが高い値で設定されているドライブシャフトのロックナットを見ていきましょう。
締付トルク 235.2〜274.4N・m、狙い値は255.0N・m
表記はこんな感じとなっていますが、単純にトルクは上限から下限の範囲内で、その中間に当たる狙い値を狙って締めるという感じ。
リチェックトルクの範囲というのも存在し、基準内でOKとなるトルク値の範囲はもう少し広い場合もあります。
この締付トルクの範囲ってのは車種によって若干の違いがありますが、狙い値は同サイズのナットを使用している場合、過去の車両も含めほぼ255.0N・mだったと記憶しています。
下の写真はRX8のもので、締め付け後にカシメを行うタイプの物。
ただ、現行車は昔のカシメを必要とするようなタイプのナットではなく、ナット自体に緩み止め機構のあるタイプの為、設備上で…
①狙い値を狙って締め付ける。
②そこから180度ほど逆回転させる事で緩み側のトルクを計測。
(ナット側の緩み防止となっている力が正常かの確認)
③再度、狙い値を狙って締め付ける。
…といった、通常の設定とは異なる複雑な制御となっています。
緩み側のトルクというのは、単純に何N・mの力を掛ければそのナットが緩み方向に回す事が出来るのかというトルク値の事ですが、再使用不可とされているロックナットの場合、一度締め付けた後にナットを緩めて外してしまうと、この緩み側のトルク値が基準値を下回ってしまう事が要因で再使用不可となります。
これもまた一つの部品に対し、個別に設けられた基準の一つ。
で、ここで例に上げたロックナットは、緩み側の管理が絡むので少々特殊ですが、基本的にはBランクを除いた全ての締付部位で、トルク値の範囲と狙い値は定められているはずです。
その中でも一番身近な部位でいえば、ホイールナットかもしれませんね。
DIY派の有無を問わず、スタッドレスタイヤを装着したホイールへの組み換え等、自分で作業を行った方も多いのではないでしょうか。
以前にですが、このホイールナットの締付に関する衝撃的な動画を見た事があります。
その動画では『緩んだら恐いのでしっかり締める!』等のような事を言われ、ホイールナットにセットした車載レンチの上にその方が乗りました。
そして、その上で飛び跳ねながら締めていくというもの。
ネタとしてやられているのなら申し訳ありませんが、車載レンチに全体重を掛けて、更にジャンプ…ハブボルトに掛かる負荷は相当なもので、確実にオーバートルクですね。
かなり昔ですが、近所にもしっかり締めるとか言い出して、かなり長い鉄パイプを車載レンチにかました後、渾身の力を掛けて締め上げる…そんな方がいらっしゃいました。
それは危ないから…と言ったのも束の間、ハブボルトは折れてしまいます。
その場で折れたからまだ良かったものの、これが走行中だったらと思うと非常に恐いですね。
『緩んだらいけないから締めまくれば良い』…こんな間違った解釈をされている方は一定数おられるようで、そんな方が自己流で色々DIYをやり出すのが一番恐ろしいのではないでしょうか…まさに走る凶器の量産状態。
上で説明したように、締め付けるボルトやナットには必ずトルクの上限と下限が定められており、その範囲内で使用するというルールがあります。
弱すぎれば走行中の振動で緩んでしまうし、強すぎれば強度に耐え切れずに破損してしまう…すごく単純な話なのですが。
自動車はメーカーが定めた基準を全て満たした上で初めて『安全な工業製品』として世に送り出されています。
今回は組み付け…というか締付トルクに限定した基準の話で、部品の脱落等の事故はそれが原因ではない事も多いとは思いますが、そこに関係した部位にDIYで自らが手を下すわけですから、やはりそれなりの知識と相応の責任は必要です。
自分も含め、整備手帳によく書かれている『DIYは自己責任です』や『自信がないならプロに任せる』、そして『参考程度として下さい』等の言葉は、一見すると軽い感じで流し読みしてしまいそうですが、これらは非常に重要で重い言葉だと自分は受け止めています。
自分が整備した事が原因で他人を傷つけるような事があったら、一生をかけても償いきれませんからね。
そして、こういった報道を見る度に『DIYは悪』というような風潮になってしまいますが、実際にはDIYが悪なのではなく…
『触る部分の基準を知らず、更に基準内に戻せる術がないのにも関わらず分解する』
…こういった行為が悪なのだと思います。
このような事故は残念ながら、この先も起こっていくのかもしれませんが、これを他人事とせずに、せめて自分が加害者とならない為にも今一度、私自身も作業方法と向き合ってみようと思います。
長々と長文失礼しました。