2018年02月12日
久しぶりの更新です
前回はだいたい2016年ゴールデンウィーク突入前までを
書いたと思います、今回はその続きを書けるとこまで行こうと思います。お付き合いの程よろしくお願いします🙇⤵。
ゴールデンウィーク前に自分が気になっていた短期の記憶障害がなぜ起きるのかの原因を知りたくて近くのクリニックを受診し、そこで今自分が困っている事を話したら専門医を紹介して話しもらいました。自宅に帰宅後その専門医に電話して予約をとりました。休み中は、全く自宅から出る気も起きず
家の中でゴロゴロとしていました。ただタバコが切れると、仕方なくコンビニに行っていました。
嫁さんからは
「たまには気晴らしにどっか行ってきたら」・「家にずっと居られたらこっちもおかしくなるわ」
てなことを言われていました。寝室から出るのも億劫にな状態でいつまでこんな事してるんかなぁと自分でも思っていた。
5/5には、長男に連れられて久しぶりに外に出ようと思い、福井クラシックカーミーティングに行きましたあまり興味も湧かずハァーな気分でした。そこで凜さんとお初の対面だったのですが、こんな状態な為上手くお話しもできず早々に帰宅したと記憶しています。今から思うと凜さんには、大変失礼したなぁと反省しきりです。次の日から仕事だと思うと余計に気分は滅入ってくるわ、またどうしたら良いかも分からずその日はあまりよく眠れなかった様に思います。
明けて次の日いよいよ奴がやって来ました。ウツです。
心も体もどうする事もできず、取り敢えず会社に休むと言う連絡を入れて自室に籠っていました。
先ず、私が疑いを持ったのが若年性痴ほう症です。短期の記憶障害が本当に気になっていたのです。
5/19に嫁さんと一緒にクリニックを受診し、簡単なテストを行い結果を先生と話し、診断書を書いてもらい長期休職がスタートしました。
Posted at 2018/02/14 23:05:08 | |
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2017年12月31日
こんばんわー
今年も残り1日となりいよいよ慌ただしくなってきました。
前回2016年の3月から4月の頭辺りまでを書いたので、その後を書こうと思います。
先ず、気持ち的には結構沈んだ日々が続き、1日の間でも浮き沈みが激しくなりました
自殺とかは考えませんでしたが、「生きていてもいいものか」と自問自答し、初める様になりました
ここで酷道走破という行動に出た訳です
行き先は酷道157号落ちたら死ぬの看板で有名な所です
たまたま休みだったのと、家に誰もいなかったので
「ちょっと行って来よう、生きていてもいいのなら無事に帰ってこれるだろう」と
そんな気軽な気持ちで後先を考えずに自宅を出発した。時折雨が降る天気で
少し嫌な気がしない訳でもなかったが取り敢えず挑戦しようと思い嫁の車で行ってきました。
予備知識として何年前かは忘れましたが、確か滋賀県の人が
オートバイで転落して亡くなっているというのは知っていたので
慎重な運転を心掛けていたように思います。走っているうちに、これはあの看板は嘘じゃない
また伊達や酔狂で行くところじゃないと気付きました。しかし、走り始めたものは
止まらないのが私で行ける所まで行ってみようと更に先に進みます。
そうこうするうちに冬季通行止めの看板で道路は塞がれています。
回り道で自宅へと帰ってきましたが、その回り道も結構な険道でした
今から思うとよく帰って来れたと思います。(酷道マニアの中では157号は初級編らしい)
これで多少生きていてもいいんだぁと思う事が出来ました
こんなんで自分の生き死にを決めるのは以ての外だと思いますが
その時はこれくらいしか想い付きませんでした。
その後また仕事に戻るわけですが、以前より心に余裕ができ失敗やミスは減少したように思います
しかし5月の連休前の休出でロットが足らなくなり、だれが作業したかを見ると自分でした
「あ~ぁやちまった~」という気になり、もう作業どころじゃなくなります。
「なんでかなぁ~、ちゃんと見たのになぁ~」課長に言って作業を変えてもらおうと考えて帰宅する
自宅に帰ってからも自問自答が続きましたが、よく考えたら課長の電話番号知らんわ
連休後に言おうと自分に言い聞かせて連休に入りました。
Posted at 2017/12/31 02:38:38 | |
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2017年12月10日
鬱からの復帰(その3)になります
前回は12015/12辺りまでを書いたので、年明けからになります。
この頃の自分は「なんか変だなぁ」という事は忘れていたように思います
椎間板ヘルニアの再発で同じ部門の検査に異動になりました
自分にその業務が合ってい居るかどうかなんて選べる訳も無く
出社初日からこれは「あかんなぁ」という気持ちでいっぱいでした
不安でしかたのない状態のまま、兎にも角にも作業を覚えなくてはという気持ちだったと思います
最初の1ヶ月は自分一人で作業する事も無く、常に誰かに付いてもらいながらの作業でした。
出来栄えのチェック・作業のやり方・機器の操作の指導などを受けながらの作業でした。
まぁこれはどこの職場でもほぼ同じだと思います。
1ヶ月くらい経つと何とか2つくらいの検査業務を熟せる様になり
そうすると「実はもう1つか2つ同時に作業しないといけない」のと言われます。
そんなもん最初から分かっているんやから早う言えよ!これは怒りにも似た感情だった。
ここで最初の試練がやってきます
2ヶ月くらい経つと作業を教えてくれていた人と離れて自分だけでの作業になって行きます
(出来栄えのチェック等は、まだ誰かに頼んで見てもらう)
この辺りから前回も書いた様に、物忘れ・記憶間違いが頭をもたげてきます。
もともとそんなに物覚えは悪くはなかったのですが
どういう訳か直近の記憶が曖昧になるという症状が出初め、作業にも支障をきたす様になる
あれを忘れている、これが抜けていると周りからダメ出しを食らう、そうなってくると
「あぁ~俺はなんてダメなんだろう」という気持ちになり
何か作業上のミスがあると、全て自分に関係が有る様に思いはじめる、負の連鎖の始まりです。
ここで誰かに相談でも出来たらよかったのかもしれませんが、そのような相手もなく
ただただ自分を責める日々が続きます
そして悪い事に俺とは全く意思疎通のできない人と作業の引継ぎをすようになります
この人は耳が聞こえない聴覚障害者です(俺のこの人に対しての第一印象は余り良いない)
こっちがそう思っているのだから、相手も俺に対しての印象は結していいものとは思えない
俺とは話したくないのか挨拶をして返ってこない・どうしても話しをしないといけない時は
露骨に嫌な表情をする・何を言っても無視・自分が気に入らない事は何が何でも伝えてくる
こうなるともうどうしていいか分からなくなってくる、そのシフトのリーダーに通訳を頼んだりもしたが
それも上手くいかず、ホトホト困り果てました。
そうこうしているうちに、物忘れがより酷くなり、余計にその人からの突き上げも増していきます
会社のPC上に俺の物忘れのシートなる物が出来上がりました。
こうなると本当に生きていてもいいのかどうか本当に悩み始めるようになり
若年性認知症じゃないかと疑い始めるようになって行きました
ちょっと書いていくのも辛くなりかけたので、この続きはまた次回という事にします。
Posted at 2017/12/10 10:20:44 | |
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2017年12月02日
こんばんわ
今日は天気がよかったから、正午前からイジイジを初めました。EK9のクラクションがあまりにも貧弱な音だったので
交換を実施しました。フロントバンパーは簡単に外す事かできたのは、typeRの特権かも・・・・・
その後テスト?を兼ねて湖岸道路をドライブ🎶🚗💨🎶
その時和泉ナンバーの最低な輩を発見、本当に酷い奴で
追い越しするのは、右折専用車線から
その後は前車を煽るし、方向指示器は出さず
左折するは、正にやりたい放題状態でした。
暫く追走するもアホらしくなり帰って来ました。
こういう輩を警察👮も
しっかり取り締まりして欲しいです。
Posted at 2017/12/02 19:59:50 | |
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2017年11月18日
こんばんわー
前回は、鬱から会社に出社するところを投稿しましたが
今回は、なぜ私が鬱を発症してしまったかを順を追って書いていこうと思います
2014/12上旬に突然、今働いている職場の製品の在庫が
規定量に達し、工程が無くなる事となった
同月下旬より新しい職場に異動となった今までとは全く違う職場で戸惑う事も多々あったが
何とか休む事も無く仕事に出ていた、この頃いろいろと私の作業についてのダメ出しを受けた
最初からうまくいくはずも無いのに「俺は、ダメだなぁ~」と思うようになる
同じ会社なのに全く別の作業の為「これで本当に同じ会社なのか」と思う事が多々あった
この辺りが年明けから2ヶ月くらいの事です。ちょうどこのころ自宅の建て替えがあり
大きな変化が2つも重なった事から精神的に不安定な状態が続くようになる
この状態は、自己の否定を繰り返し行い、これにより自己肯定感が無くなった
ここで心の変調に気付き心療内科を受診していれば、また、違ったのだろう
しかし私は、とにかく作業を覚えようと必死になって頑張ったようだ
ただ、自分でもこれはおかしいと感じて心療内科にTELを入れて、予約の状況だけは聞いた
予約待ちが約1カ月と聞いて受診を断念した
ここでの教訓は、人はダメ出しばかり受けていると委縮して不安が先に立って何もできなくなる
何をするにしても不安が先に出てきて自分自身の可能性をも否定し始める
そしてまた不安に苛まれると云う負のスパイラルに嵌っていく
しかし、不安がっている自分は何に対して不安なのかサッパリ分からなくなっている
この頃の体の調子は両肩が痛くて腕が上がらない、肩の可動域が狭まるという症状が出始める
睡眠の質も低下傾向になり、とにかく寝付きは悪かったと記憶している
それと会社に行く前は、時刻が気になり酷い時は5分おきくらいに時計を見ていた
その後はなんとか周りのフォローもあって人並みの作業をする事が出来る様になった
そうなると周りとの会話も自然と増え、心の安定感が出て来る様になった
何とか作業にも馴染めてやっと落ち着いた頃、再び異動する事となった
2015/11からまた新たな職場で一から作業を覚えないといないけなくなる
異動先は倉庫、出入庫作業の繰り返しで唯々荷物の出し入れだけで
作業の要点を教えてもらいながら、ひたすら荷物の運搬を行う
しかし、物覚えが悪く作業を教えてくれている人からは酷く言われたのを覚えている
例えば、こんな仕事のやりかた50のおっさんのやる事と違うとか、教える張りもない
また、1番傷ついたのは
「新入社員の方が教えがいがある、あんたに教えても仕方がない」
そんなこんなで、自分なりに頑張ったつもりだが誰にも相手にされず、酷く落ち込んだ
2週間くらいしたところで本当に体が悲鳴を上げた、持病の椎間板ヘルニアの再発だ
これで約1カ月半の休職に追い込まれる、しかし何故か私は、これはラッキーかもと思う
何故なら倉庫から出れると思ったからだ、ヘルニア持ちの人間にはキツイ仕事だ
案の定年明けからは、倉庫ではなく検査に行く事となり、気分的には少しアゲアゲになる
2016/01からの事は次回に書く事とします
Posted at 2017/11/18 02:46:28 | |
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