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ぎるでぃさん
イイね!
2018/07/02

曹洞宗 乾坤山 日本寺(千葉県安房郡鋸南町元名)

5月1日

清澄寺の後
鋸山の方へと向かい
日本寺(にほんじ)へと行ってみました

こちらはうぃきによりますと

・・・
寺伝によれば、聖武天皇の勅願により、行基によって神亀2年(725年)に開山されたとされ、当初は法相宗に属していたという。

最盛期には七堂十二院百坊を有する規模を誇り、良弁、空海、円仁らが留錫(りゅうしゃく)したと伝える。良弁は木彫の大黒天を彫り、空海は100日間の護摩を焚き、石造の大黒天を彫り遺し、仁王門の金剛力士像は円仁の作とする伝承がある。

天安年間(857年 - 859年)、円仁が入寺して天台宗の寺院となったと伝え、その後、隆盛と衰退を繰り返したが、復興には源頼朝や足利尊氏の援助を受けたという。

真言宗を経て、江戸幕府三代将軍徳川家光の治世に曹洞宗に改宗した。幕府から朱印状を与えられていた。境内にある五百羅漢像(千五百羅漢)は、江戸時代後期にこの寺を復興した高雅愚伝(当寺第九世)が発願したもので、上総国望陀郡桜井村の石工・大野甚五郎英令が門弟27人と共に安永8年(1779年)より寛政10年(1798年)までの前後約21年の歳月をかけて彫ったものであり、約1,553体の石仏がある[1]。

明治に入り、神仏分離に伴う廃仏毀釈や1939年(昭和14年)の火災などにより、現在残る堂宇は仮本堂をはじめごくわずかとなっている。

1989年(平成元年)5月、インド国政府により、日印親善と世界平和を祈念して、釈尊成道の聖地、ブッダガヤの聖菩提樹(釈迦がこの木の下に坐して悟りを開いたと言われる)の分木が日本寺へ贈られ、大仏広場に植えられている。
・・・
となっていまして・・
鋸山に鎮座していまして
ナビ子ちゃんまかせで東側の駐車場に行ってみたけれども
入り口が地味によく解んなかったり^^;


一応駐車場には午後3時40分ごろに着いては観たけれども
広いし山ですしで近くの大仏様のところぐらいしか行けないかなと
(・・・・仮に時間があったとしても体力もないけれどもね><ノシ)

まぁ・・まぁとりあえず

大仏様にお参りをしまして
無事記帳していただきました
Posted at 2018/07/02 22:08:25
イイね!
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