勝手にというわけでもないのですが、6連休にして横須賀へ向かいました。いつものようにデミオで、ほぼ下道で。
とはいえ直接横須賀入りする予定を変更して、いろいろ考えた上でデミオは所沢に停めることにしました。横須賀の宿で安くていいと思うところがなくて、その後よいと思った宿が所沢にあったというのが理由その1。移動の電車代を考慮しても所沢の方が安かった。あとは横須賀までクルマとなると市街地を走る時間が伸びて高速料金が余計にかかるか到着時間が読みにくくなるか、あまりメリットがないと思えたのが理由その2。その3もあるんだけど、それはまた後日に。
そんな事情から、西武鉄道のお世話になりまくりました。西武は形式の数字が多いイメージがありますが、これは001系ラビュー。
公式サイトの画像ではちっともわかりませんが、下の写真でもわかりにくいですが、実車はまるで先頭に半球がくっついているようにも見えるデザインです。
こっちの公式のほうが、デザインの斬新さが伝わりやすいかな。
001系には乗らなくて、この日乗ったのはこれ。調べたところ東京メトロ17000系。これで東京メトロから東急東横線で横浜中華街まで行けてしまいます。ちょっとびっくりです。横浜で京急線に乗り換えて、横須賀中央まで。
少し歩いてこれっきり坂へ。周囲を見渡した限り坂の由来などについて書かれた案内板はありませんでしたが、山口百恵の「横須賀ストーリー」に出てくる坂道であることから、これっきり坂というのだそうです。
急な坂道 駆け上ったら
今も海が 見えるでしょうか
ここは横須賀
アイドルで坂道が出てくると、わたしは
全力坂を思い出します。最初見た時、誰がどの坂を走ったのかまったく記憶がないけれど、とにかくなんじゃこの番組はと思ったことは覚えている。山口百恵の雰囲気があるような今のアイドルがこれっきり坂を全力で駆け上がったら・・・? ネタっぽい感じしかしないか。
知らなかったんだけど山口百恵は横須賀出身だったそうで。これっきり坂を駆け上がった先の中央公園からの景色。本人の自叙伝「蒼い時」にも、デビューが決まって横須賀を離れる前日のこととして出てくるそう。でもわたしがここに来たのはマップで見た「これっきり坂」という意味深な名前が気になったというのもあるんだけど、ここだったら猿島が見えるかと思って。
猿島は戦前、東京湾を防衛するために要塞化された島だそうで、ここに渡る観光船もあるのだとか。渡るだけじゃなく、当時の軍事施設をガイド付きで案内してもらえるツアーもあるのだとか。ぜひそれに参加したい!ということで事前にチケットも買っておいたのに。台風接近のせいなのか前日17日の段階で、欠航になったので払い戻しいたしますと(泣)。そういうことがなかったら、これっきり坂も中央公園も時間の関係で来ていなかったはずです。
近くには米ヶ濱砲台跡もありました。猿島と同様、東京湾要塞を構成する一部だそうで、公園には地下には明治期に作られた遺構も眠っているのだとか。
格子の向こうにスマホを差し入れて、内部を撮ることもできました。これで向こう側にポロっと落としたら・・・、この段階で書くことは難しかったでしょうね。
これっきり坂だけでなく、横須賀は坂が多いという印象を持ちました。あと、どこにつながっているんだろうと思わせる、趣深い小道が各地にあります。大昔行った尾道もそんなイメージだな。
そして小道の先に、いきなり踏切が現れたりもする。
次の目的地、本来予定していた見学地はこちら。実は山下達郎のライブ、今年のツアー初日を観るために横須賀にやってきたのでした。ライブの話は後日にと思いますが、MCでも子どもの頃だったかに記念館三笠を見にきたという話をしていました。
とはいえ時間が押し気味だったのでがっつりとは見たけれど、それって知ってると思われる解説などはどんどんパスしてた。一方で洋上を進む現役の戦艦だった当時に由来するものは丁寧に見た。これは三笠艦橋の図と言われているものなんだけど、
その図において東郷平八郎がどこに立っていたかが残されていたので、その場に立ってみました。
現役の軍艦だった頃の内部の様子を伝える展示も丁寧に見て回ったなぁ。実際には写真の、側面から発射する15センチ砲1門につき、10人の兵士が任務にあったのだとか。ここにハンモックを吊るして寝ることもあったのだとか。
ここも気になったけど、平日の午後ということで大きな子どもたちの部屋になってました。日本海海戦における操艦シミュレーターがあるということで、さわってみたかったんだけどなぁ。操艦というよりもカーレースのゲームのようにも見えるのですが、なかなか楽しそうでした。
館長室にはこのようなものが。福岡県にある筥崎宮楼門には「敵国降伏」の文字が掲げられているのだとか。国土防衛のシンボルなのだとか。敵国降伏は鎌倉時代に亀山天皇が書いたものらしいのですが、それを拡大して楼門に掲げたのは小早川隆景なんだと。
ただし敵国降伏の真意は、武力で相手を屈服させる覇道ではない。徳の力を持って導き敵が自らこちらになびき降伏することつまり王道であり、それが我が国のありかたであり真の勝利であるとのこと。深いねぇ。当時と今では国のかたちも変わったかもしれないが、根底にあるものは変わってないんじゃないのかねぇ。ここでいうところの王道と覇道の違いをわかってないような有象無象の連中がでかい顔をしてこの国を動かしていることの危うさよ。戦争とは外交の失敗であるとは、よく言ったものだと思うよ。
今の日本を見て、東郷平八郎はどう思うんだろうか。徳の力なんてないくせに、中途半端かつむやみに武力を手にしようとしていないかい?と思うのはわたしの個人的な考えではあるけれど。

Posted at 2026/09/22 01:51:26 | |
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