ジェミニから中古車のブルーバート・シルフィに乗り換える時、「カーナビは壊れています。」と言われました。18年前の車で、現在地が地図の表示とズレていたのです。だからカーオーディオの画面表示で乗っていました。ある日、音楽にもラジオにも飽きたので、ズレた地図を見ながら走ることにしました。信号待ちの時、ダメもとで現在地ボタンを押したら、突然、正常になりました。偶然かと思っいましたが、何日も正常に動いています。
18年乗ったジェミニを廃車にして次の車を考えていた時、世話になった板金整備工場の担当が言いました。「中古車は出会いです。これだと思ったら、付き合いなど気にせずに買ってください。」そして最後のブルーバードを見つけました。ディーラーが下取りした車を、点検、整備、保障せず、現状のままで売る店で、買った翌日に故障しても構いませんというものです。幸い、掘り出し物でした。
「名ばかりジェミニ」が旧車と呼ばれるまで乗り続けたいと思っていました。カーセンサーでこのタイプのマニュアル車に145万円の値が付いていたので、旧車の仲間入りをしたのだと思います。ずっと雨ざらしの駐車で、画像の通りボロボロ。それでも腕の良い板金塗装工場(箱崎塗装工業所)のおかげで何度も廃車の危機を乗り越えました。修理して塗るごとに愛着が湧きます。27年目の車検もバンパーを修理してボンネットとフェンダーを塗装してタイヤを交換してと考えていたのですが、割れてしまったリアバンパーの交換部品が無いので断念しました。本当の旧車オーナーであれば、交換部品を作ることまですると聞きますが、その財力はありません。そもそもガレージを持たない者に旧車オーナーを名乗る資格も無いでしょう。今回、廃車になって誰かの「名ばかりジェミニ」の部品として生き残ってくれればと思います。世話になった板金塗装工場も他社に吸収合併し、担当も去りました。潮時なのでしょう。
20世紀の車・ジェミニを長く乗る中でお世話になったのが整備工場です。車自体は故障が少なかったのですが、フロントが長いので左パンパーは何度も擦りました。左側全体に渡って接触したこともあり、その時は廃車を考えました。新車から11年も過ぎた「名ばかりジェミニ」だったからです。とろこが、修理を依頼した整備工場がOEM元であるホンダ・ドマーニの廃車から左側のフェンダー、ミラー、前後ドアを見つけて取り換えてくれました。仕上げの塗装もよく、見事に復活します。それから16年も乗り続けることができました。今回、後バンパーを凹ませて車を乗り換えるのは、その時のような廃車の部品さえ手に入らないからです。久し振りに、あの時の整備工場を見に行きましたが、今は更地になっていました。ドリームオートという屋号でした。本当に感謝しています。![]() |
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