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2014年11月02日

草の上で“遊戯”したマドモアゼルは、黒いシトロエンで去った 《3》

草の上で“遊戯”したマドモアゼルは、黒いシトロエンで去った 《3》  ~ 映画『マドモアゼル』その凄絶と静寂

村を出た“マドモアゼル”が、森に続く道をゆっくりと歩いている。そして、あるところで彼女が立ち止まると、口笛が聞こえた。誰かが近くにいるのか。すると道に、大柄なイタリア人(名はマヌー)が出て来た。男と遭遇しても、女はそのまま立っている。マヌーが近づいて少しだけ後ずさりはしたが、逃げることはしない。

遠景の中の二人──。二人は言葉を交わしている? マヌーは、森に戻ろうとする? 男は、女の方に振り向いて、何か言っている?

小さな斧が木に打ち込まれる。木こりの仕事道具である斧が、しばらくは使わないというように放置された。

──鋭い鳴き声を発して、鳥が飛んだ。“マドモアゼル”が大きな男マヌーに抱き締められた。じっと目を閉じている女。その唇には、かすかな笑み。草原での抱擁、さらに男女の絡み合いへ。

そして草の上で、二人は、ある“遊戯”を始めた。鳴き声と仕草を真似て、女が“それ”を仕掛ける。そんな女の意図に気づいて、哄笑しながらも“それ”を受けてやるイタリア人の男。それは、女が「犬」になって、この草原で主人とじゃれ合うという遊びだった。

……夜が明けた。雨も上がっていた。二人は草原から、村へ続く道の方に向かって歩いている。ここで、男が女に言った。
「明日、村を出る。息子とね」
このひと言が、女にとって何かのトリガーとなったのか──。

女教師が村に一人で戻ってきた。その時の彼女の衣装は、草原で寝っ転がって遊んでいたので、草と泥にまみれている。また雨にも降られたので、ひどい状態だ。そんな女教師に、村の女たちが駆け寄った。
「マドモアゼル! どうしたの?」
「あいつに“された”の?」

路上では問いかけに答えず、自室の前まで、“マドモアゼル”は無言で歩きつづけた。そしてドアの前で、彼女は振り向く。発した言葉はひとつだった。
「そうよ!」(ウイ!)

この「ウイ!」と彼女が言う時の表情は、やや大袈裟に言うなら映画史に残るものではないかと思う。また観客としては、つい先刻まで、草原であんなに嬉しげに戯れていたのに、ここで一変するのかという驚きもある。さらには、仮にも女優がここまで「美しくない顔」をよく撮らせたものだ……という下世話な感慨まで浮かぶ。とにかく、ここでジャンヌ・モローの「女優パワー」は全開を超えて、ほとんど“爆発”するのだ。

そして、もうひとつの恐さ……。それは、このひと言、つまり「ウイ」(イエス)がもたらすものだ。それによって引き起こされるであろうことを、聡明な、そして村人からリスペクトされていた“マドモアゼル”は十分に知っていたはず。そうでありながら、彼女はこの言葉を選んでいた。

果たせるかな、その「ウイ」を契機に、村では“もうひとつの事件”が起きる。ただ村の警察はついに、この最後の事件は把握できなかったようだ(いや、そもそも捜査をしなかったかもしれない)。そして、村は静かになった。もう、この村で“何か”が起こることはない。

……自室で、“マドモアゼル”は荷造りする。「あの時」に使った黒いメッシュの手袋は、火のある暖炉に投げ込まれた。

“マドモアゼル”がタクシーの後席に収まった場所の近くに、この村を出て行く支度をしたイタリア人の息子もいた。父の行方は知れず、警察は捜査を打ち切ることになり、父の同僚は少年に「幹線道路まで歩こう、たった2キロだ。仕事は見つかるさ」と告げていた。少年が持っているカバンの中には、父の持ち物と亡き母の写真が入っているはずだ。

黒いシトロエンの中から、満面の笑みを村人たちに向けていた女教師。その女と、少年の目が合った。少年は、車内の女に向かって唾を吐いた。もちろん、それが女に届くことはないのだが。

学校の教室から、生徒たちの声が聞こえる。既に新しい教師が来ていて、算数(九九)の授業が始まっているようだ。

女教師を乗せた黒いタクシーが村を去った。クルマを取り巻いていた人々は三々五々散り始める。人がいなくなった道の脇に、カバンを持った少年だけが残された。少年は、タクシーが向かったのとは逆の方向に、ひとり、歩き始める……。

ここで、エンドマーク。それに絡んで、ココロを刺すようなテーマ音楽が流れて……と書きたいところだが、そうはならない。この映画、実は音楽というものが一切ないのだ。「音響」として何度か観客が聴いたのは、鳥のさえずりだけ。さまざまな意味で“凄かった”映画は、こうして無音のうちに終わる。

……いつかまた、見ようと思う。でもそれは、明日や明後日じゃないな。しかし、二度と見たくない映画でもない。ジャンヌ・モローには、月並みだが、存在価値という言葉を捧げたい。

そういえば、黒いシトロエンで去った“マドモアゼル”は、パリに戻ったのか。それとも、また、どこかの小さな村を、その赴任先とするのか。そして不条理に耐えて(少年は少なくとも放火犯が誰であるかは知っていた)、この村から、ひとり去った少年……。2キロ先にあるという幹線道路で(長じて「詩人ジャン・ジュネ」になったであろう)少年と、彼の父の友人は、二人をどこかへ運んでくれるものを何か見つけられただろうか。

(了)

(タイトルフォトは、トヨタ博物館にて撮影)
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Posted at 2014/11/02 13:29:38

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