
§日付けのある Car コラム
§『アクション・ジャーナル』selection
ホンダがアコード・インスパイア/ビガーで示したエンジン「縦置き」のFFというのは、なかなかおもしろいと思う。そして、前輪駆動の可能性を大きく拓く。そのような方式であるとも思う。
前輪駆動というのは、さまざまに長所はあるが、ひとつ、イヤなところというのがある。それは、エンジンの具合──たとえば、回り具合とか揺れ具合、アクセルのオン/オフでのパワープラントの動き具合などの状況が、いちいち、ステアリングホイールを経由して身体に伝わることだ。いわば、掌につねにパワーユニットの存在と現在を実感しながら、クルマを動かし続けなければならない。こういう傾向である。
おそらくはこのへんを嫌って、いわゆる高級車を作ろうとする際には、多くのメーカーはFRという方式を採るのであろう。レクサス=セルシオ、インフィニティ、あるいはルーチェでも、作り手は意図的にFRを選んだことを言明している。
もっともFFでも、大きく頑丈なボディに、3リッター級の、それもV型6気筒なんてのを積んでしまえば、エンジンを「掌」から遠ざけることはできる。大型化と多気筒化によるビッグFFの世界で、これなら高級車も作れそうだし、事実、いくつかの事例もある。
こういう現実を並べていくと、FFの実像というものが少しずつ見えてくると思う。そしてそれは、4気筒エンジンを「横置き」に積むことの長所と短所と言い換えることもできるのではないか。
「横置き4発」──。このレイアウトの得意ワザは、何といっても(エンジン部分の)前後長の短さである。全長に較べて室内を広く取る。この場合の手口としては極めて有効であり、軽自動車(3気筒が多いが)が、そのわかりやすいサンプルである。その気になれば、FFは、あそこまでやれる。
ただし、「横置き」は4発以上の多気筒化はムリで、さらに本稿のテーマに沿っていえば、エンジンの爆発や動揺とドライバーを分離することが、なかなか困難である。もちろん、横置きFFも十分に熟成されているが、しかしFR車に乗り換えてみると、ステアリングの軽快感ってやつをやっぱり感じる(場合がある)。FF車はステアリング系の先の方に、何か重い物が付いている、そういう感じだ……。
実用車と、コンパクト・スポーツ車と、そして、大型の高級車と──。これが、これまでのFF世界の分布図であり(FFを社是とする)ホンダの例で見れば、「トゥデイ/アコード」「CR-X/シビック3ドア」、それに「レジェンド」というマップになっていたわけだ。
さて、インスパイア/ビガーである。このクルマは、たしかに前輪を駆動しているはずなのだが、その感覚は無きに等しい。そして、エンジンがどこに積んであるかも、ドライバーとして実感がない。果たして、そのようなFF車であった。
これは良い! もちろん、単に5気筒を「縦置き」にしただけの結果ではなく、バランサーを設けたり、フロント・ミッドシップにマウントしたり、前後の重量バランスを工夫したりと、“ハード以後”の部分による成果も大きいと思う。この新種の「縦置きFF」には注目とオマージュを捧げたい。
直感的に思うのは、これで前輪を駆動しても高級感覚ってやつを創れるなということ。そして、小さな高級車もFFでできるだろうなということだ。FF世界が広がる。そのようにみなすことができるし、その契機となり得ると思う。
それにしても、オイルパンの中を中空にして、そこへドライブシャフトを通すなんて、よくやるよな……。このメーカーって、ほんとにアタマが柔軟だ。ハード屋のフットワークの軽さがなければ、やっぱり、この新種のFF機構というのは世に出なかったんだろうな……。
なお、「横置き」4気筒のアコード/アスコットも、もちろんフルチェンジされている。こちらも新たにバランサーを組み込み、「横置きFF」としては例外的な、滑らかなセダンとしてリファインされた。ルーフが高くなって室内はやたら広いし、4気筒の瞬発力で、さらに俊敏なクルマとなった。
これに較べた場合の、5気筒版の弱さ。それは、体感的にちっとも速くないことだ。穏やかなホンダ車という稀な存在がインスパイア/ビガーということになるのだが、でも、これはそれこそが狙いなのだろう。ホンダは、その守備範囲を着実に拡げつつある。これらのニューモデル群を、そのように評価したい。
(1989/11/07)
○89年末単行本化の際に、書き手自身が付けた注釈
アコード・インスパイア/ビガー(89年9月~ )
◆前輪駆動は、さまざまな意味で良い方式だと思っている。直進性、ミューが低い路面で、ともかく前へ進む(前に進めることが容易)。深いトランクが取れること等々。ただ、速さと“味”と高級感。これらを盛ろうとする際には、注意深いチューニングが必要になる。FFはそのようなシステムであろう。FFミッドシップ+多気筒化+縦置き搭載。この新しさには、ぼくは大いなる関心を持っている。横置きアコード/アスコットのデキがよくて、室内も広いため、世の注目はそっちへ行きそうだが。
○2015年のための注釈的メモ
80~90年代、ホンダのエンジン開発陣は恐ろしくゲンキだった。新しいエンジンを、すぐに(!)作っていた。プレリュードで、デザイナーが勝手にボンネットをものすごく低くした“絵”を描き、これならエンジンは載らないはずだと、デザイン変更の要求を待っていたら、あに図らんや、発憤したエンジン開発陣がそのスペースに収まるエンジンを作ってしまったという伝説がある。また、この頃の二輪車は、まずフレームを作って、その空間の中にエンジンを“収める”という順序で開発を行なっていたという。それが“ホンダ・ウェイ”であり、四輪も二輪も、それがホンダにとっての常識だという時期はたしかにあったようだ。
なお、コラム中の「掌につねにパワーユニットの存在と現在を実感」するようなFF車は、70年代を引きずった80年代までの話であり、90年代以降、そのような「横置きFF」は姿を消して今日に至っている。この点で最も革命的だったのは、90年に登場した初代プリメーラ(P10)だった。
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80年代こんなコラムを | 日記
Posted at
2015/03/07 18:01:08