
今年の正月明けに幕張オートサロンに行ったときに、ホンダブースで見掛けた白い大型(ワシにとっては)2ドアクーペを眺めていたら、ホンダのスタッフからお声掛けいただいて
どうでしょうか?プレリュードです。発売されたら購入を検討されますか?と。
ワシはかつて子育てするために1979年式2シーターの280Zから泣く泣く1983年式ドアミラーになったばかりのプレリュードに乗り換えた記憶が有り、プレリュードの安っぽいちゃちな塗装の印象を忘れることが出来ない。
プレリュードにしても、トヨタMR2にしても初代はとても素晴らしいのだが、市場の評価は当時、そうでもなかったりする。
ワシは画像の初代プレリュードが好きで、川越ベンツとか悪口を言う評論家もいたが、ジャーナリストなんて50年前から機械屋でもなんでもない知識のない奴が殆んどで、小説家のような文学に長けた人間だ。
話を戻すと
幕張で見た白い2ドアクーペは、トヨタのプリウスのようにも見えたので、ホンダのスタッフには
プリウスに似ているから欲しくない。と答えてしまった。
それから半年くらい経ってから、子どもが
プレリュードが発売になるらしいよ。懐かしいんじゃない?買ったら?
と、言っていたがあのままのデザインならいらない。と、答えた。
そしていよいよ発売日が迫ると価格とか購入方法などが具体的になり、
やはり欲しいとは思わなかったが、購入希望者を販売側が選択するような販売方法は好ましくない。欲しい奴には売ってやる。ということをしないから転売目的の購入が起きる。
それにしてもシビックよりも高いなんて、凄いな。って思っていたら、シビックを値上げしてプレリュードと同じ値段にするなんて。やるなホンダ。せめてシビックのボンネットにストライプくらい貼ってやれよ。
ま、最新のプレリュードのことはこのくらいにして、ワシが好きだった川越ベンツ、じゃなくて初代プレリュードの話をする。
この頃のホンダって、2ペダルのモデルはアコードもシビックもプレリュードもホンダマチックとか言うセミオートマで、クラッチペダルは無いものの
手動でシフトレバーを操作する必要があった。発進はLレンジ、走行は⭐レンジというモード切り替えが必要だった。
ということも有って、当時はマニュアルギアモデルの方が売れた。
この辺りはホンダも人気か無いことに気付いて、ワシが買ったプレリュードは普通のオートマチックになっていた。なってはいたのだがデザインが駄作なっていてガキっぽいリトラクタブルヘッドランブとかにお金を掛けたうえにフロントオーバーハングを重くしやがった。
初代プレリュードの端正なクーペボディーは、真横から見るとチョップドルーフのようにも見えて、ルーフの低さ、サイドウィンドウの小ささが小型2ドアクーペの引き締まったボディーを魅力的にしていた。そしてボディーカラーも薄い黄色や薄い緑色、薄いパープルのメタリックカラーがあって、とても良かった。コノリーレザーのインテリアも選べたりして国産車なのに特別感は凄まじかった。やはりベルノ店での専売モデルということや、ベルノ店はプレリュードしか売っていなくてあの手この手で売り上げを確保しなくてはならない必死さ。があったんだろう。あとからシビックベースのバラードシリーズ、クイント、アコードベースのビガーとか、スーパースポーツのNSXが発売になるが、ベルノ店開業当初の2、3年は販売で相当苦労したのではないかと思う。見込み客までも手厚いサービスで囲い込みしていた。
ワシはその頃、ベルノ店に足繁く通って行く度にコーヒー飲んで試乗しまくっていたが、結局初代プレリュードは手に入れられなかった。最後の最後に焦げ茶色とベージュの2トーンカラーのXXRを買う気満々でベルノ店に行ったら、既にマニュアルギアが売り切れていてコーヒーを淹れてくれる店の女の子とふたりで買えないクルマのカタログを見てさらに落ち込んだ。
今でもその時のプレリュードがあったら欲しい。XXR、ブラウン2トーンカラー、マニュアルギア、レザーインテリア、アクリルパネル電動サンルーフ。
Posted at 2025/09/09 16:40:52 | |
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