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高森トンネル工事現場跡(現「高森湧水トンネル公園」)

「九州横断鉄道」計画を沈めた出水事故
2014年07月20日
カテゴリ : 熊本県 > 観光 > 建物・史跡
 風光明媚な阿蘇山麓を駆ける第三セクター・南阿蘇鉄道(旧・高森線)の終点、高森駅の手前1.5㎞ほどの地点で、線路は大きく北へカーヴを切る。
 現在の高森駅は、高森町の中心地に程近いところに整備されているが、別の場所に移転する計画があった。

 移転先は北へカーヴする地点から、そのまま東南東方向へ直進、現在は大量の水を湛えている切通しの場所だ。


 折角街の中心に作った駅を、市街地から外れたこの場所へわざわざ移転させようとした理由、そして移転予定地の切通しが水に沈んでいる理由は、切通しの奥で口を開けているトンネルにある。
 このトンネルこそが「高森トンネル」だ。



 明治時代から計画が起こされてきた「九州横断鉄道」の計画は、阿蘇山麓を経由して熊本県・熊本市と宮崎県・延岡市を結ぶ壮大なものだった。

 熊本県側・高森駅までの区間は戦前に開業。一方宮崎県側も別項で紹介している東洋一の鉄橋・高千穂橋梁などの難工事を経て、1972(昭和47)年に高千穂まで開業。残る高森~高千穂間27㎞は翌1973(昭和48)年に着工し、順調にいけば4年後の竣工を目指していた。

 高千穂は峠を越えて高森の南東側にあり、現在の高森駅から直進してしまうと施工延長が伸びてしまうだけでなく、かなり長大なトンネルを穿つことになる。
 またスイッチバックして高千穂側へ向かおうにも地形上の制約が大きく、列車運行に際してもボトルネックとなってしまう。
 よって高森駅手前を直進、高森峠の下に「高森トンネル」を通し、新駅をトンネルの手前に整備する計画が採用された。


 高森トンネルは6500mの延長が見込まれ、着工区間中で最長のトンネル。確かにハイライトとも言うべき工事ではあるが、トンネル延長そのものは然程長いわけではない。
 しかしトンネルの奥では、凶暴な魔物が牙を磨いて待ち構えていた。
 新高森駅予定地の切通しを、現在でも埋め尽くしている「水」である。


 この水は、トンネルの切羽(掘削地点)から滔々と湧出する地下水。工事が進行していた1975(昭和50)年、2055mまで掘削した時点で毎分36tもの異常出水に見舞われ、翌1976(昭和51)年に工事中断。現在でも毎分32t前後の出水が続いており、その後トンネル掘削が再開されることなく、工事は未完のまま出口の無い横穴だけが残ってしまった。



 異常出水に見舞われつつ、長期の悪戦苦闘を経てトンネルを貫通させた例は、「青函トンネル(北海道新幹線・津軽海峡線/別項参照)」「鍋立山トンネル(北越急行線/別項参照)」「中山トンネル(上越新幹線)」に見られる。
 中山トンネルでは、高森トンネルを遥かに上回る毎分80tの出水に見舞われながら、大量の薬液注入・地上から300本もの集水ボーリング・本坑の位置変更・出水場所を迂回する作業坑掘削など、あらゆる対策を講じて貫通。「青函」「鍋立山」と同様、ここ「中山」が竣工しなければ上越新幹線計画そのものが頓挫していた、と云われている。

 時代は遥かに下り、事業主体も鉄道ではなく高速道路だが、東京の「八王子城跡トンネル(圏央道/別項参照)」では、予定されたトンネル位置の直上に見つかった膨大な帯水層に影響を与えぬよう万全の防水処置を施して掘削作業を進め、無事貫通させている。


 高森トンネル始め新線建設を主導していた、鉄道建設公団(現鉄道運輸施設整備支援機構)高千穂鉄道建設所の見立てでも、施工上の困難や工期延長はあるものの技術的に高森トンネルの貫通は不可能ではなく、工事再開が許されさえすれば高森~高千穂までの全線を完成させるつもりでいた。


 ただ、時既に自動車の普及が進み、特に地方では鉄道への依存度が大幅に低下。
 折しも国鉄の収支は悪化の一途を辿り、国鉄の再建を期して採算が見込めない赤字ローカル線の廃止・新規着工の中止が決定。既開業区間の高森線・高千穂線も路線廃止または第三セクターへの転換が検討される中では、新幹線ほどの重要路線ではない新線区間の工事再開など望むべくもない。


 高森トンネル工事現場における出水事故は、「九州横断鉄道」計画全体に致命傷を与えただけでない。
 地下の水脈を切ったため、トンネル周辺の民家が利用していた井戸や農業用水が枯れ、地域社会に大きな不便を強いてしまった。

 人命にかかわる公衆災害でないとは言え、公共事業に携わる者が最も気をつけなければならない近隣住民の被害を防げなかったのは、当時の技術者・職員・作業員にとって痛恨の極みだったろう。


 鉄道を造るには時代が遅すぎた、帯水層掘削の技術開発が間に合わなかった……と言えばその通りなのだが、もう少し事前調査に予算を掛け、出水の防止に万全を期し施工方法を工夫してていれば、近隣住民に迷惑を及ぼすこともなく、「九州横断鉄道」も晴れて完成していたかもしれない。

 新線区間の工事は30%の進捗率に留まったとはいえ、膨大な予算と資源・人員を投じた工事は放棄されたばかりか、完成していた高架橋の多くは一度も活用されることなく解体され、買収した用地も再び旧地権者の所有に戻った。
 
 造って、そのまま壊す。かくも不毛な工事に携わった関係者の無念は察するに余りあるが、壮大な計画全体を頓挫させ、近隣に甚大な被害を与えてしまった高森トンネルの顛末と併せ、公共工事に携わる者全てが記憶すべきエピソードと心得る。



 高森トンネル工事現場は、その後も井戸枯れの補償交渉に10年を費やす。トンネルおよび新駅予定地の切通しは長らく放置されたが、1993(平成5)年に高森町へ無償譲渡。出水事故後も続く湧水を逆手に取った親水公園として整備し直された。
 トンネルも坑口から550mの区間に限って公開(有料)されている。

 なおこの水は極めて清冽で、町内水道へ原水として引き込まれる。未完に終わった公共工事の、唯一にして最大の貢献と考えれば少しは気が休まる。




住所: 熊本県阿蘇郡高森町高森1034-2 高森町湧水トンネル公園
電話 : 0967-62-3331

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