金沢の木造旅館
羽化する蝉と過ごした夏の思い出
2014年08月01日
「おすすめスポット」ながら、具体的な所在地を明示できないのがもどかしいのだが、記事をお読みになってお心当たりのある方は、是非に情報を提供いただきたい。
金沢にあった木造2階建ての旅館。そう広くはない縦長の敷地で、階段は入口入って直ぐと廊下の突き当たり2か所。街中にあるせいで、特に1階は窓を開けても、あまり期待できるような風景は望めない。3畳ほどの坪庭を眺めるぐらいか。
屋号は「わたや」だったと思うのだが、かなりあやふや。「○○や」だったことは間違いないので、いろいろと名詞を入れ替えて記憶を辿ってみるものの、なかなかしっくりくる答えが見出せずにいる。
或る夏休み、我が家はこの旅館に長期逗留していた。
両親は古い家並みや兼六園などの庭園を見物し、それなりに楽しんでいたのだろうが、当時小学校低学年だった私と、一つ年下の弟にとって、あまり面白い行程でなかったことは確か。
知らない街に出て外遊びをするわけにもいかず弟と旅館内で追いかけっこをして、仲居さんや他の宿泊客の迷惑となっていた。
何せ階段が2つもあるので、一方向に逃げ続ける/追いかけ続ける限りは行き止まりがない。狭い我が家では体験し得ないシチュエーションだったのだから、幼き我ら兄弟が走り回るのも無理からぬことだろう。
もう一つ、大切な思い出が残っている。
先に記した坪庭から、夜になると蝉の幼虫が這い出し、羽化せんと植栽の幹を登っていくのだ。
静かに、しかし着実に上を目指して歩む幼虫。その神秘とも言える能力に感心しながら、飽かず見つめていた。
しかしある瞬間から、目の前にいた幼虫が次々消えていく。狐に化かされたような不思議な感覚に戸惑いつつ、改めて坪庭を見回してみると、居た。巨大なトノサマガエル。土から出てくる蝉の幼虫に、片っぱしから舌を伸ばして呑み込んでいる。
カエルは高速度カメラでしか捉えられない程のスピードで舌を繰り出し餌を捕獲するので、じっくり見ていたにしても消えたように感じるのは当然だ。
当時子どもの知識でも、蝉の幼虫が土の中で長い時間を過ごし、ようやく外に出て飛び立つも残された時間は短く、子孫を残し1週間ほどで死んでしまうことは頭に入っていた。
可哀そうな蝉の幼虫。何とかせねばと義侠心を発揮し、カエルを牽制しつつ手が届く範囲の蝉の幼虫を掻き集めて保護。部屋の中に入れて、木の代わりに羽化できる場所を提供することにした。
その場所は、母親が着ていたワンピース。
ハンガーに掛ったワンピースに移すと、少し登って立ち止まった。
すると背中が割れて、中から白い蝉の成虫がゆっくり出てくる。
最初はシワシワだった羽がだんだんに伸びていき、体の色も徐々に蝉らしくなってい
く。
その一部始終を観察し終えて、かなり夜更かししたその夜は床に就いた。
残念ながら翌朝寝坊してしまったので蝉が飛び立つ瞬間は見られなかったが、起きてから尋ねると、短くジジっと鳴いて、開け放った窓から飛び去ったという。
旅館の屋号や、現在営業中の木造旅館に的を絞って検索してみても、我が家が過ごした旅館は見当たらない。
建物の老朽化や不景気が原因で廃業してしまったにしろ、ネットが普及して以降のことであれば何らかの痕跡を検索できるだろうが、何もヒットしないということは、昭和の頃には既に閉められたか。
金沢市街も新幹線開通を当て込んだ再開発が進み、古い建物の多くが消え去ってしまったことだろう。
あの夏に保護した蝉の子孫たちも、或る者は地中を穿り返され、或る者は地上をコンクリートで封じ込められ、運よく成虫になっても鳴き声を披露するステージたる木々の緑が喪われてしまった……かもしれない。
金沢の同じ旅館で、というのは無理だとしても、蝉が羽化する一部始終を観察できた夏の思い出だけは、我が子たちにも追体験させてあげたいと思っている。
※本コンテンツでは具体的所在地を明示できないため、やむなく「金沢市観光協会」を当てさせていただいた。
住所: 石川県金沢市木ノ新保町1ー1 金沢百番街
電話 : 076-232-5555
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