前回の「フォードOHV V8エンジンの系譜 ~最後のフォード・ビッグブロック~」の続きです。
前回はフォードが最後に設計したビッグブロックV8「385シリーズ」について書きましたが、今回からは2回に分けてフォードが最後にリリースしたOHV V8エンジンである「335シリーズ」について書いていきます。
フォードOHV V8エンジンの年表
この時代、フォードのスモールブロックV8エンジンは前々回に紹介したウインザーV8が既にありましたが、フォード社のマーケティング部門は、このクラスのエンジン需要がウインザー工場の生産能力を上回ると予測し、新たなエンジンでウインザーエンジンを置き換えることを計画しました。
そして、1970年、フォード最後の設計となる新たなOHV V8エンジンの生産が、オハイオ州クリーブランドエンジン工場で開始されました。
このエンジンは335シリーズと呼ばれ、一足早く登場した385シリーズV8と共通の技術(傾斜したバルブを備えた多角形燃焼室を持つヘッドや薄肉鋳造技術によるショートスカートエンジンブロック)が取り入れられています("335"の名称は当初計画された排気量が335cu.in.であったことに由来しています)。
既存のスモールブロック(ウインザー)と識別するためフォード自らクリーブランドと命名したこのエンジンは、ウインザーV8と同じ4.38in.のシリンダーボアピッチとヘッドボルトパターン及びベルハウジングボルトパターンを共有していましたが、それ以外についてはまったく新しい設計となっています。
335シリーズでは、小型の14mmスパークプラグと“ドライ”インテークマニホールドが採用されており、ウインザーエンジンではラジエターホースがインテークマニホールドを介して接続されるのに対し、シリンダーブロックへ直接接続することで潜在的な冷却水漏れの原因が排除されています。
また、エンジンブロックは前端部がおよそ2in.延長され、この部分に左右バンクへの冷却水通路を設けると共に、タイミングチェーンをエンジンブロック内に収めることで古典的なタイミングチェーンカバーを廃し、よりシールしやすいフラットなスチールプレートでカバーする構造が採用されました(オールズモビルV8も同様の構造を持っています)。
ウインザーV8のエンジンブロック
335シリーズV8のエンジンブロック
このような設計は、船舶用エンジンとして採用されるための条件や、エンジンの耐用年数を延ばすためには有効でしたが、ウインザーV8に比較すると、より大きく重いエンジンブロックとなりました。
また、シリンダーヘッドは吸排気で異なる傾斜角を持つバルブレイアウトが採用され、より短く直線的なポート形状とすることが可能となり、それまでのウインザーV8はもとより一部のFE及び385シリーズV8をも凌ぐ非常に大型の吸排気バルブを装備することが可能となりました。
335シリーズV8の傾斜バルブ配置
アメリカで生産されたクリーブランドエンジンの排気量は351cu.in.のみしたが、そのシリンダーヘッドは大きく3種類のバージョンに分類することができます。
まず、吸排気ポートのサイズは、パフォーマンスバージョンである4V(4ベンチュリ)と、より低回転のトルクを生み出す経済的な2V(2ベンチュリ)の2種類が設定されました。そして4Vヘッドには、ハイオクガソリンの使用を前提とした高圧縮のクローズドチャンバーと、レギュラーガソリンの使用を許容するオープンチャンバーの2種類の燃焼室形状があります(2Vヘッドはオープンチャンバーのみ)。
4Vヘッドと2Vヘッドのポートサイズの違い(2Vヘッドのポートと4V用のガスケットの比較)
4Vヘッドにおけるオープンチャンバー(左)とクローズドチャンバー(右)ヘッドの比較
351クリーブランドの4V(以下351C-4V)は大型のバルブと吸排気ポートを備えた高性能エンジンとして販売されました。中でも、1971年までのモデルは圧縮比の高いクローズドチャンバーヘッドを装備しており、クリーブランドエンジンを象徴する高性能V8です(Mコードと呼ばれます)。特に1971年にフォード・マスタングに搭載して販売されたBOSS 351は、4バレルキャブレター、アルミニウム製インテークマニホールド、ソリッドリフター、デュアルポイントディストリビューター、6クォートオイルパン等を備え11.3の圧縮比から330HPを発生する著名なエンジンです(Rコード)。
また、1971年にデビューしたデ・トマソ・パンテラにも351C-4Vが搭載され、当時、排ガス規制の緩かったヨーロッパにおいて、11.0の圧縮比から335ps(330HP)を発生しました。
1971年 フォード・マスタングに搭載されたBOSS 351
BOSS 351を搭載する1971年 フォード・マスタング
1971年 デ・トマソ・パンテラに搭載された351C-4V
351C-4Vを搭載する1971年 デ・トマソ・パンテラ
しかし1972年になると、より厳しい連邦大気汚染規制へ対応するため、これらのハイパフォーマンスエンジンも圧縮比の低下を余儀なくされ、クローズドチャンバーヘッドは姿を消すことになります。
1971年にBOSS 351として販売されていた"Rコード"エンジンも例外ではなく、圧縮比が9.2に落とされバルブタイミングもオーバーラップが大幅に縮小された結果、その出力は275HPまで低下しました(このため"BOSS"の名称は外され351C-4V HOに変更されました)。
そして1973年以降、351C-4Vシリーズには351C-CJ(コブラジェット)のみがラインナップされ、1974年には255HPまで出力が低下しました(Qコード)。
351C-4Vヘッドは6,000rpm以上の回転域でも十分な性能を発揮する吸排気ポートのサイズを持つ一方、エンジン回転が3,500rpm以下の領域では十分なトルクを発生することができず、トラックやフルサイズカー等、実用的な回転域での低速トルクが重視されるモデルには適しませんでした。
このためフォードは1970~1974年の間、レギュラーガソリンに対応した低圧縮(8.0~9.5)のオープンチャンバーと、低回転域での吸気流速を考慮したポートサイズを持つ2Vヘッドに2バレルキャブレターを組み合わせた351C-2Vを提供し、ポニーカーからフルサイズまでの様々なフォード車に搭載しました(Hコード)。
1973年 マーキュリー・クーガーに搭載された351C-2V
351C-2Vを搭載する1973年 マーキュリー・クーガー
こうして、数多くのバージョンが展開されたクリーブランドエンジンですが、製造コスト削減のため、1974年を最後に5年間という短い生産期間を終了することになります(オーストラリア・フォードでは1985年まで継続して生産されました)。
次回(最終回)は私のマークVにも搭載されている、もう一つの335シリーズ「Mブロック」について書く予定です。
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フォード OHV V8エンジン | クルマ
Posted at
2019/08/09 01:29:26