マツダが発表した新型エンジンが話題になっている(大浜さんのテンションが急上昇してて草)。
その名も「SKYACTIV-X」……Xという厨二臭さがなんともたまらない。
まぁこのXは,戦闘機にもよくある試作コードみたいなものだと思うので,正式名はまた別だろう。
このSKIACTIV-Xの正体は,一般的にはHCCIと呼称される形式のエンジンだ。
世の中一般でないものを一般的というのも語弊があるが,理論としては別に新しいものでもない。
ついでにいえば,HCCIの研究に取り組んでいたのはマツダだけではない。
単にマツダ以外が,別の技術を持っていたり金と頭が足りなかったりで挫折しただけである。
より厳密な話をすると,マツダが発表したのは,HCCIの発展型または改良型といえるタイプだ。
技術的な課題をクリアした実用型といってもいいだろう。
このHCCIのことを,メディアでは「ガソリンとディーゼルを合わせたようなもの」と紹介している。
本質的にはそのいずれとも異なるものであるが,大雑把なイメージとしては間違っていない。
HCCIを知る前に,まずはガソリンエンジンとディーゼルエンジンの仕組みについて復習しておく。
一部の理屈については,
前々回掲載の記事を参照していただければ幸いである。
正直タイミングが良くてびっくりしている。
まずはガソリンエンジンのサイクルを順に追っていこう。なるべく分かり易くを心がける。
①吸気行程
ガソリンエンジンにおいて取り入れるのは,燃料と空気の混合気だ。
この時の燃料濃度は,あとの燃焼の便を考えて,理想的とされる比率より基本やや多めである。
②圧縮行程
①で取り入れた混合気を圧縮し,温度と密度を上げて着火に備える。
あまり圧縮しすぎると,圧縮熱で混合気が自己着火してしまうためほどほどにする。
この自己着火(プレイグニションまたはノッキングと呼ぶ)が起きるとエンジンが壊れることもある。
③燃焼工程
②で圧縮した混合気に,点火プラグの火花で火を点け燃焼を開始させる。
混合気の燃焼に伴う膨張によってピストンを押し下げ,動力とする。
この時,混合気の燃焼は(僅かだが)時間をかけて,プラグを中心に放射状に広がっていく。
これによりHCやNOxなどが発生することもあるが,ディーゼルに比べれば量は絶対的に少ない。
④排気行程
今回の文脈では特に説明することもないので省略。
続いてディーゼルエンジンのサイクルである。
①吸気行程
ディーゼルエンジンにおいては,燃料を含まないただの空気のみを取り込む。
②圧縮行程
①で取り入れた空気を圧縮し加熱する(燃料の発火点より上の温度まで加熱される)。
原理の違いを考えれば当然だが,圧縮比は基本的にガソリンエンジンより高い。
最近流行りの低圧縮比ディーゼル(マツダで14.0)でも高圧縮比ガソリンより高い(せいぜい12.0)。
圧縮するのが空気だけなので,高圧縮比でもノッキングの心配はない。
③燃焼工程
②で圧縮して高温となった空気に,インジェクターから燃料を噴射する。
発火点を超えた温度の空気に触れた燃料は,順次発火し膨張していく。
順次発火となるため,燃焼が不均一とならざるを得ず,NOxやPMなどの発生が避けられない。
一般的にガソリンエンジンよりも排気が汚いエンジンとされ,各種の処理装置で対応している。
④排気行程
今回の文脈では特に説明することもないので省略。大事でもないのに2度(ry
圧縮比とは,吸い込んだ気体をどれだけ圧縮するかの値だ。
同時に燃焼した混合気がどれだけ膨張できるかという値でもある。
この値が大きいほど,燃料からエネルギーを取り出しやすく,かつ動力に変換しやすい。
ただし大きくしたらしたで,ガソリン/ディーゼルそれぞれ問題が発生する。
さて,こうした内容を踏まえた上で,いよいよHCCIの話に辿り着く。
HCCIとは,Homogeneous Charge Compression Ignitionの略だ。
日本語では予混合圧縮着火……記事によって表記ゆれ多し。
その仕組みは以下の通りだ。ほとんど読んで字のごとくだといっていい。
①吸気行程
ガソリンエンジンと同様に,燃料と空気の混合気を取り入れる。
ただし燃料濃度はガソリンエンジンと比較して薄く,理想的な比率で混合することができる。
理論上はそれよりもさらに薄くすることも可能とされる(リーンバーン=希薄燃焼)。
②圧縮行程
①で取り入れた混合気を圧縮し加熱する。
圧縮比は,ガソリンエンジンはもちろんディーゼルエンジンよりも高いとされる。
昔どこかで20.0とか見たような見なかったような……とりあえずすごく高い。
目標は「圧縮後の温度が混合気の発火点に至るところ」。
③燃焼工程
②で圧縮された混合気が,ピストンが一番上に来たところで自然発火する。
発火は混合気全体でほぼ同時に開始するため,原理的には均一燃焼となる。
④排気行程
(ry
HCCIでは,これまでのガソリンエンジンで忌み嫌われてきた混合気の自然発火を動力とする。
ものすごく乱暴な説明をすれば「ノッキングで動くエンジン」ということができる。
なお,この原理の上ではディーゼル燃料でも成立はするが,普通はガソリンを使う。
燃料の揮発性の高さゆえに,軽油よりガソリンの方が緻密な混合気を作れるためだ。
この方式の何がそんなにいいのか。
いっぱいあるからこそこれだけ騒がれているわけで,ひとまず仕組みの上から順に見ていこう。
まずはリーンバーンができること。
これまでの火花点火のガソリンエンジンでも,リーンバーンに挑戦した例は数多い。
三菱の黒歴史GDIを始め,その頃の直噴ガソリン勢は果敢にこれに挑み,悉く煤まみれになった。
極度に希薄化された燃料混合気は,プラグの火花ごときでは燃えてくれなかったのだ。
それに対しHCCIでは,断熱圧縮によって混合気そのものの温度を発火点にまで持っていく。
発火点に到達した燃料は,周りにたんまりある酸素と結合して元気に燃えてくれる。
これまでエスプレッソやレギュラーでしか動かなかったのが,アメリカンで動くようになったのだ。
次に,圧縮比を従来より大幅に上げられること。
ノッキングを避けるために上げられなかった圧縮比も,それを動力とするなら話は逆になる。
前述の通り,圧縮比を高めれば高めるほど,内燃機関としては高効率になる。
加えていえば,高圧縮比化することによりリーンバーンでも十分なパワーを出すことができる。
最後に,排ガス規制物質の排出量を大幅に減らすことが出来ること。
③のところで書いたとおり,混合気は全体が同時に発火点に達するため,一斉に燃える。
その結果,不均一燃焼に起因して発生するNOxやPMなどの発生量が大きく抑えられる。
リーンバーン化されていればCO2の排出量も低減可能と,排ガス性能が非常にいいのだ。
そして,複雑怪奇な後処理機構を積まなくていいので重量を抑えられるオマケつき。
HCCIは,内燃機関としては理想の形であることから,自動車メーカー各社も熱心に研究はした。
にもかかわらず,世に出てくるまで長かったということは,問題というか課題も重かったということ。
HCCIは,本質的にはいつ混合気が燃え始めるかわからない方式でもある。
全ては燃料のみぞ知る……ではないが,十分なお膳立てをしないと燃焼タイミングが合わない。
気温,気圧,ガソリンの質,エンジン部品のバランス……少しでも狂えば狙い通りに燃えない。
気温と気圧くらいならどうにかなるが,ガソリンの質はどうだろう。エンジンの摩耗は?
極端な話,
レギュラー指定なんて摩訶不思議なラベルが貼られてもおかしくないのだ。
ひどいと
ENEOSに限るとか。流石に冗談だが。
まだある。稼動範囲が狭いのだ。
ノッキングについて思い出してみよう。
ハイオク指定の高圧縮比エンジンにレギュラーを入れてぶん回すと,ノッキングでオシャカになる。
しかし,比較的低回転だけで走る分にはノッキングは起こらないか起きづらい。
断熱圧縮された空気の温度は,圧縮比と,圧縮速度に依存するためだ。
この2つの条件がピッタリ合って,燃焼室の温度が混合気の発火点を超えるとノッキングが起きる。
HCCIの場合,ピストン上死点で温度キッチリになるような,圧縮比×速度下でしか稼働できない。
そして,その領域は回転数全体の中でも狭い範囲にしかなかった。
回転の上下変動が激しい自動車用エンジンとしては致命的な欠点だといえる。
メーカー各社とも,そんなことにはすぐに気づいた。
気づいて,どうしてもHCCIで稼働できない領域は,従来通りプラグ点火で動かそうと試みた。
考えてみて欲しい。
圧縮比20.0で自然発火させるリーンバーンと,11.0で火花点火させるストイキ~リッチバーン。
そんな滑らかに都合よくシフトチェンジできるものではない。というよりできなかった。
多くのメーカーがここで挫折して,「内燃機関は終わり」と捨て台詞を吐きHVだEVだに走ったのだ。
が,マツダはそれを乗り越えて,点火プラグ補助型のHCCIエンジンを発表してきた。
詳しい技術は謎に包まれているから,ここからはほぼ私の想像になる。
その点を踏まえて読んでいただきたい。
あとから「アイツの言ってたことガセじゃねぇか」と言われても知らないのであしからず。
まず大前提として,マツダは制限のあるHCCI領域を,どの回転域に合わせてくるか。
これはもう異論もないだろう。低~中回転域に決まっている。
どこのバカが,燃費が飛躍的に向上する技術のスイートスポットを高回転に合わせるのか。
中域より下はHCCI,上もできるだけ頑張りつつ,限界を超えたらプラグで,というところだろう。
とはいえ,低~中といっても広い。そのスイートスポットをどう広げるのか。
先程,HCCIは圧縮比×速度によって稼動域に制約があると書いた。
速度の方はどうにもならないが,圧縮比を可変できる技術はすでにある。
アトキンソンサイクルまたはミラーサイクルにおける,吸気バルブ遅閉じの術だ。
圧縮行程の頭部分まで吸気バルブを開け続けることで,混合気をインテークへ一部逃がす。
これにより実質的な圧縮比が低下して圧縮圧力が減少し,圧縮にエネルギーを食われない。
しかも燃焼する際には数値上の圧縮比分キッチリ膨張できるため,エネルギー効率がいい。
……長くなったが,要するに吸気バルブを遅閉じすれば,圧縮比は下げることが出来る。
これを使って適応領域を広げたのではないだろうか。
「高回転域で吸気吹き戻しなんかしたらトルク不足でストールするんじゃねーの?」
と思った人もいるかもしれない。バルブ遅閉じは基本的にトルクダウンに繋がる。
しかしここがHCCIのいいところで,最終的な温度さえ合っていれば燃料の多少に影響されない。
高回転域では,バルブを遅閉じする代わりに,混合気の燃料濃度を上げることで埋め合わせる。
もとがリーンバーンなら,酸素は掃いて捨てるほどいる。少々燃料が増えても問題はない。
ただし,あまり雑に増量をすると,吹き戻りでインテークがベタベタになるが……。
さらに高回転では,この調子で燃料を濃くしつつ,バルブタイミングをどんどん遅閉じにしていく。
またアクセル開度に対しても,全開付近では混合割合はストイキ~ややリッチになるようにする。
それらにつれて,必要になる少し手前から,上死点ちょい遅くらいでのプラグ点火を始めておく。
おそらくなのだが,HCCIとプラグ点火では,音か何かが違うと思うのだ。
それを検知して,今のはプラグで点いたな?と思ったら切り替えるとか。
ディーゼル音低減技術を入れてくるようなメーカーだけに,やってきそうな気がするのだが。
……え? 逆切り替えはどうするのかって?
考えてみて欲しい。高回転高負荷から低回転低負荷にアクセル踏みながら移行するだろうか。
アクセルを抜くか,せめて緩めるだろう。その一瞬で燃料カットして切り替えればいい。
マツダの燃料噴射制御があればそのくらい出来るでしょう,たぶん。
ちなみに,上記の話の中からスロットルバルブの制御は綺麗に省いてある。
というのは,HCCIエンジンにスロットルバルブはいらないだろうと思ったからだ。
HCCIの原理を考えれば,吸い込んできた空気に必要な分だけ燃料を噴けばそれで終いだ。
ならば,わざわざスロットルバルブを設けて吸気量を調整する必要がない。ディーゼルと一緒だ。
出力制御は燃料噴射とバルブタイミング,あとプラグのON/OFFで行ければ無駄がないと思う。
まぁ,今パッと考えた程度だとこんな感じで思いついた。合っているかは知らない。
妄想働かせて疲れたので,残りは軽く行こう。
吸気温度,これはおそらくクールドEGR等で制御してくると思われる。
エンジンの摩耗……現実問題,そんなにすり減っていくとも思えないけど。
燃料の質……おっと,これは問題だ。
途上国を除いても,燃料のオクタン価問題は残念ながらついて回る。
欧州ではレギュラー指定される向こうの大衆車が,日本でハイオク指定される件だ。
これは日米と欧州で未だに相容れない。なぜかは知らないが。
ともかく,HCCIは今までのエンジン以上にオクタン価にうるさいと思われる。
少なくとも日米仕様と欧州仕様の2種類のエンジンができることになる。
……と思ったが,よく考えたら今のSKYACTIV-Gの時点であったわ,この類別。
ならきっと大した問題にはならないだろう。以上,終了。
さて,こうして三種の神器ならぬ"3種のジン技"を得たマツダ。
トヨタとの資本業務提携の上で,これまで以上に先進国重視の戦略になるだろうと思われる。
具体的には,既にブランドイメージが確立済みの欧州と,CX-9で本腰を入れる米国だ。
ここに申し訳程度の国内を加えれば,マツダの標榜する「世界シェア2%」は達成できるだろう。
特に,欧州においてこのHCCIエンジンは重要だ。
欧州はディーゼル偏重の市場として知られているが,その理由は低燃費ただ一点だ。
日本のように軽油が安いからではない(あちらはほぼ同額)。
逆に考えれば,ディーゼルより燃費がいいガソリン車が出れば普通に乗り換えてくれる。
そういうガソリン車がないからディーゼル市場になったわけで,まさにブルーオーシャンだ。
しかも,今年9月から施行されるEURO6の後期規制も追い風となる可能性が高い。
既存のディーゼルがNOxで,直噴ガソリンがPMでヒイヒイ言い始める中,HCCIなら何処吹く風。
販売台数規模によっては,排ガスの余剰枠を売ることも可能かもしれない。
売り出し方と初期品質にかかっているところだが,夢が広がる話ではある。
そして,こうして得たあぶく銭で何をするか。
トヨタとの資本業務提携下における,米国のZEV対応技術または車種の共同開発だろう。
マツダはビークルダイナミクスについては長者でも,電気関係にはほぼ門外漢だ。
世界のトヨタと電動車両の共同開発で渡り合うのに,金があるに越したことはない。
新しいことを始めてどれだけのものが仕上がるかは,結局のところ金だ。先行研究開発費。
金をかけたからいいというものではないが,そこの金をケチっていいものはできない。
なんとなくそれなりに仕上がった電動車両がどうも多い気がするこの頃。
ビークルダイナミクスの鬼がガチで作ってくる電動車両がそのようなものか,興味はある。
その前座かもしれないが,新型エンジンには同じくらいの夢があると思っている。
まぁ,こんな感じで妄想が広がるくらいには,個人的にはビッグニュースでしたとさ。
……こんなクソ真面目でヘビーな記事を書くキャラだったっけか,俺。