
さて、日も暮れた午後8時半頃に到着した、
青森健康ランド。カーナビの有難さをしみじみと感じましたね。電話番号を入力するだけで、最短かどうかは別にして、ちゃんと目の前まで案内してくれるのですから。良い時代です。
ネット情報で、駐車スペースは300台とありましたので、何の不安も無かったのですが。これがまた一杯なのです。思わず時計を見直しました。青森の方は、健康ランドがお好きなようで。駐車スペースを探してうろうろしていると、運良く1台の車が出て行きましたので、ここに滑り込みました。
思えば、目を覚ましてから優に20時間を超えています。オドメーターは925と表示されています。良く走ったものだと、我ながら感心。きしむ体に鞭打って、荷物をまとめて館内に入っていきました。
靴箱に靴を入れてカギをかけ、受付へと行きました。受付のおっちゃんに、お願いしますと言うと、明日の朝までご利用ですか?と言う眼が、キラリと光ります。その瞬間全てを理解しました。ああ、こういうところには、様々な事情のある方も来られるのでしょう。この方にとって、館内の安全等は至上命題なのでしょう。
もちろん、私の紳士的なふるまいと言動により、たちどころに容疑は晴れて、にこやかに対応していただいたのは言うまでもありません。エヘン。
おっちゃんの言うには、まず950円を払えば、館内着を貸してくれて風呂と休憩所が利用できる。夜11時以降館内に滞在すると、出るとき(翌朝のこと。)追加で840円払えばよいとのこと。早い話1790円で風呂入って泊まれるということでしょう。ちなみに、靴箱のカギは取り上げられました。逃走防止か。
てなわけで、ちゃっちゃと950円を払って、まず食堂に行きました。ラストオーダーは9時半らしい。広い宴会場のような座敷があって、ざっと50人くらいのお客が、三々五々陣取って、飲み食いしていました。お姉ちゃんに聞くと、どこでも勝手に座れというので、手近な席にどっかと腰を下ろしました。メニューを眺めて、手頃なところでカツ丼を頼むことにして待っていましたが、一向に注文に来る気配がありません。
「お姉ちゃ~ん。」と、呼ぼうかと思いましたが、そんなことをしているお客は誰もいません。むむっ、これは何か呼ぶシステムがあるに違いないと、机の周りを見渡しましたが、それらしい物はありません。前方の机を覗くと、何やら黒い灰皿のような物があります。しかし自分の前にはありません。
私の右手前方には、40がらみの男性がいて、ちびちびやっていました。聞いてみようかと思いましたが、私の直感が許しませんでした。危険な香りがしたのです。しかしメニューのカツ丼の写真をいくら眺めても、お腹はふくれません。
ふと、右手のおっさんとの境界にナプキンや各種宣伝を立てかけた物があったので、その向こう側を、そーっと覗いてみました。すると、ありました黒い物体が。良く見るとそれは灰皿ではなくて、ボタン式の呼び鈴でした。早速手を延ばしてボタンを押すと、遠くでピンポーンという音がするではありませんか。やれやれです。
程なくお姉ちゃんが、何か御用ですかと、やってきました。カツ丼をお願いしますというと、今大変混みあっておりまして、長い時間お待たせすることになりますがよろしいですか、と言います。だだっ広い広間に50人程度のお客で、混みあっているも無いだろうと思いましたが、こちらもお腹が空いているし、何より時間はたっぷりある。いつまでもお待ちします、と答えると、お姉ちゃんは、がっかりしたように去っていきました。泊まりは強いぞ。
ネットでもしながらノンビリ待とうと、ニュースを2~3ページ見たところで、おっちゃんが盆を持ってやってきました。お待たせしましたカツ丼です。おいおい、長い時間待たせるんじゃなかったのかい。青森の方は気の短い方が多いのでしょうかね。ともあれ有難いです。
美味しく頂いていると、右手前方のおっさんが携帯で話し始めました。聞きたくありませんが聞こえてきます。どうやら友人と話しているらしいです。「・・・・・ええっ、今?今青森の健康ランドにいるんだよ。ああ、家に帰ろうかどうか迷ってるんだよ・・・・。」私の直感は、ある意味当たっていたようです。お気の毒な方だったようです。勇気を出してお帰りくださいと、心の中でつぶやきました。
カツ丼を食べ終えて一息つくと、あたりを見渡す余裕が出てきました。若者の集団、幼い子供を連れた家族、老婦人の集団、肉体労働者風の青年、皆それぞれに楽しそうに飲んだり食ったりしていました。何だか、たくましいなぁと感じましたね。
さて、次は風呂です。荷物を抱えて脱衣場に行きました。ロッカーに荷物が入らなければフロントに来いと言ってたっけ。縦に細長いロッカーでしたが、何とか入りそうです。服を脱いで浴場に行きます。中はどこにでもありそうな、いたって普通の浴場でした。随分空いています。駐車場の混み具合とリンクしませんが、まあゆっくりできるのは有難いことです。
いろいろな浴槽に入ったりして、ノンビリしました。今青森にいることが信じられないと思ったり。健康ランドで夜を明かすことになるなんてとか。でも、ここまで来ると、明日の行動は楽だなとか。
ふと時計を見ると、10時を回っていました。もう22時間以上起きている。休まないといけないと思い、風呂を出ました。
次は寝床の確保です。館内着を着れば、2階の休憩処が使えると言ってたっけ。階段を登るとレストエリアがあって、オットマンの付いたリクライニング式の椅子が50席ほどありました。見ると既に8割がた埋まっています。しまった、泊まりのお客ってこんなにいるのか。こんな所で夜明かしをするのが初めての私は、驚くばかりです。それも女性が結構いました。もっとも若そうなお姉ちゃんはいませんでしたが、同年代と思しき女性は10人は下らなかったですね。
ここで問題です。いったいどこの席を確保するか。当然予想しなければならないのは「いびき」です。しかし、現時点では判然としません。まるで椅子取りゲームのようです。前方の空いている席に行きましたが、テレビがくだらない番組を流しています。迷った挙句、一番後方の席に陣取りました。その時点では、両隣は空いていました。
備え付けのタオルケットを手にいれて、椅子を一杯にリクライニングさせて、さっさと寝ることにしました。
・・・・・・、どれくらい時間が経ったでしょう。ふと目が覚めてしまいました。その瞬間に判明しました。椅子取りゲームは大当たりです。なぜ私がこのような不幸な目にあうのか、どうしても理解できませんでした。見れば、左隣のおっさんはトドのような身体で、喉を震わせて咆哮しています。
50席も椅子があるのに、いびきをかいているのは、どうやら私の隣のおっさんだけのようです。さりとて、今更別の椅子が空いているわけも無く、耐えるしかありません。すると、今度は私の右隣のおっさんが目を覚ましたらしく、「ああ」とか「うう」とか「ハーッ」とか「チッ」とか、しきりにうめきます。私の左隣のおっさんに対する抗議なのでしょうが、効果がある訳がありません。
私は、左からいつ果てるともしれないいびき攻撃を受けながら、右から椅子をぎしぎしいわせながらうめき声を上げる攻撃に、ただただ我が身の不幸を憂えるのみです。そうこうしているうちに、右隣のおっさんは、ひときわ高らかに「チッ」と叫ぶと、椅子をガタガタいわせて去っていきました。
やれやれ、これで半分になりました。引き続きいびき攻撃に耐えていると、いびきの音程に変化が現れました。音程が低くなるとともに、時々引っかかりだしました。どうやら喉がつぶれていびきをかきづらくなってきたようです。次に、ぱたっといびきが止まります。2秒、3秒、4秒・・・・いびき再開。
これが、世に言う睡眠時無呼吸症候群ってやつか。ずっと止まってくれると助かるのだが、と不謹慎なことを考え始めました。もっとも、これが始まってからは、本人も苦しいのでしょう。時々身体をよじったりし始めて、いびきをかかないこともあるようになり、私もいつの間にか眠ってしまいました。
次に目を覚ました時、あたりは静まり返っていました。時計を見ると午前5時半でした。腰を中心に身体中が痛くて、もう寝られそうにありません。意を決して体を起こしました。椅子は右隣を除いて満席のままです。こんなにもたくさんの老若男女が、ここで夜を明かそうとしていることに驚くばかりです。
風呂は午前3時から午前6時の間は清掃のため使用不可だったよなと思いつつ、脱衣場までよろよろ行きましたが、途中のソファなどにも横になっているお客が結構居ました。いったい何人がここに泊まったのでしょう。
脱衣場で顔を洗って歯磨きをしたら意外にすっきりしました。朝風呂にも魅力がありましたが、早めに動こうと思い服に着替えました。45分を過ぎて、気の早いお客は風呂道具を持って、ウロウロしています。
フロントで出発する旨を告げると、追加料金の840円とカツ丼の650円を請求されたので、支払って表に出ました。入れ替わりに老婦人が一人入ってきました。この人は、朝風呂を利用しに来たのでしょう。950円を支払えば、夜の11時まで館内に居れるのです。食事もできて休憩もできてエアコンも効いていて、こりゃひょっとして究極の利用方法かな?なんて思いながら車の所まで歩いていきました。
かくして、人生初めての健康ランドでの夜明かしは終了しました。車中泊に比べれば天国だったのでしょうが、様々な人生の縮図を見せられたような気がしました。しかし、人間どんな境遇になっても、意外にたくましく生きているんだなぁと、感心したりもしました。
私の人生があと何年残っているのかは分かりませんが、今に感謝しつつ、精一杯生きていこうと思いながら車のエンジンに火を入れました。
愛車は今日も快調のようです。