2013年03月20日
どうも、こんばんは、仕事の都合で直前にならないと休みかどうかすら
分からない急行でございます、被災地で聞いた話、第二弾、防災に役立て
ていただけると幸いです。
被災地で聞いた話
タンス預金は、お勧めできません
ある大工さんが、こだわりぬいた家を建てるべく、タンス預金していたそうです、
ところが今回の津波で家ごと流されてパーになったそうです
その額1000万円・・・
何と言っていいか分からない
念願のマイホームを購入、震災前日に引き渡し、そして津波で土台だけ残して
流される、前の家も流され、さらには、息子さんまで流される(数日後、仙台湾で発見)
傍で聞いていて、何と言っていいか分からなかった。
他人事では、無いです
私事ですが、実は、親父が陸前高田駅の近くに家を建てるべく土地を購入していました
しかしバブル崩壊の超不景気で売却、もし家を建てて住んでいたら確実に・・・
この世にいません(激汗
空気読めなかった・・・
祖母の家に避難していた親戚が「ちょっと遺跡の発掘に行って来るというので」
失業対策のバイトかなんかと勘違いし聞いてみたら、流された自宅跡の片付け
とのこと、「お気を付けて」としか言えなかった…
海上野球場・・・
高田松原にある市営球場を改修、3月15日引き渡しで、もう完成していたのに11日に
津波の直撃を食らう、大破したうえに海岸線が1km近く後退したため、海上野球場に
ナイター設備の支柱が海面からにょっきっと出でいた、しばらく状況が把握
できなかった。
島じゃないよ防波堤の残骸
同じく高田松原、沖合に海面から岩礁らしき物体が点々とあったのでよく見たら
防波堤のなれの果て、松原どころか手前にあった沼まで無くなってた。
金庫から出て来た大事なもの
某醤油製造所の話です、津波の直撃を食らい建物・設備を失い、廃業も
考えていたそうですが運良く残った金庫からお金とともに昔の社訓が出て
きたそうです、これを見て再開を決意したとか
たかが醤油、されど醤油
陸前高田市内のひいきの醤油屋が津波により壊滅し醤油が手に入らなくなり
そこら辺で売っている醤油で代用したところ、あまりにも不味かった、特に刺身を
食べる時は、最悪、しばらくは、醤油探しの日々でした、再開を心待ちにしてましたが
作り手が津波で流され、そのまま廃業に・・・
同じ市内の八木澤商店は、再開しましたが、不味くわないが、濃口でどうも
口に合わない、おいしい薄口がないのが悩みどころ、今も醤油探してます
酒造会社が再開を決意した理由
高田市内にあった酒造メーカーの話、津波により建物、設備を全失、一時廃業も
考えたそうですが後片付けに行ったら、一面の瓦礫なのに、お酒の匂いがしたそうです
、それで再開を決意したとか、隣の大船渡市で再開しました、酔仙酒造、お試しあれ
水汲みは、大変です
震災直後の4月、宮城県多賀城市に住む親戚の見舞いに行った際、水汲みを
手伝ったのですが20ℓタンク一つしかないので、約1km離れた、給水所と
なっている多賀城市の体育館まで、5往復しました(風呂桶一杯になるまで)
車でしたが、それでも手間でした、人力だとかなりの重労働、災害に備えるなら
輸送用に一輪車ぐらいは、用意していた方が良いのかもしれません。
これからも、復興に関することを中心にこの場を借りて公開していこうかと
自称、陸前高田の商工会および観光協会の手の者として(爆
Posted at 2013/03/20 21:16:14 | |
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防災 | 日記