2009年02月04日

今日は15時から名古屋まで納品に行ってきた
初めて一人で行く元請けヘの納品
少し緊張しながら
会社のプレマシーを走らせた
ん?
なんかブレーキから異音がする
小石か何が引っかかってるのかな?
そう思いながら走らせた
ん?
違うなぁ
もしかしてパットの残りが僅かなの?
仕方なく
ウチの親父さんに状況を説明して
走って行くべきか悩むも
返って来て直しても大丈夫だというので
一応親方に電話で報告
そしたらすぐに帰って来いと言われるが
大丈夫ですよ♪とそのまま元請けに向かう
元請けへの滞在時間約5分(笑)
そのままとんぼ返りで工場へ19時過ぎに到着した
20時過ぎまで少し話して帰って来たら
なんだか今日はガレージに行きたくなって来た
ご飯を食べて
ひろちゃんを寝かせて
22時過ぎからガレージへ…
この前
やっと板金が終わったんですが
それの確認
そろそろ塗りに入りたいので
ボディの掃除と塗装前のペーパー掛けをちょこちょことやってきました
ウチのというか
Jリミというロードスターの限定車は
H3年式なんです
もう数年で20年選手となる訳なので
掃除も大変です
でもこういう時間は楽しい
気がつけばこんな時間
明日も仕事なのに…(汗)
でもこういう時間がないと
意味がないんだよねっ

Posted at 2009/02/05 00:26:37 | |
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親父のJリミ | モブログ
2009年02月03日

今日
大親方が頑張ってるなぁ
エエもんやるわぁ
って言ってこれをくれた
50ミリと105ミリです
最近
触る暇のないカメラさんですが…
ちなみに大親方は
いろんなカメラ&レンズを持ってて
個展とかもやってたりします
このレンズを使う日が楽しみ♪

Posted at 2009/02/03 19:13:52 | |
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デジタル一眼 | モブログ
2009年02月01日
今日は姉の一周忌
早いもので一年が過ぎました
一年前のこの日
ボクは仕事をしていました
血圧が下がってきたからと病院に呼ばれ
まだ意識のあった姉に声を掛けた
それから落ち着かない空間の中で
どのくらい過ごしただろう
そんな時に慌てたさっちんから電話が…
みーくんがひろちゃん(産後間もない)の頭を踏んじゃった
動揺するさっちんに一度戻って
ひろちゃんを病院に連れて行き
診察してもらおうと伝えて
姉の病院を後にした
結局
迎えに行く途中で
大丈夫だという事で
行き先を変更して
姉の家にいる双子の姪っ子に会いに行く事にした
いろんな事を感じている姪っ子たちの表情を
今も鮮明に憶えている
伊勢道路を抜け
再び伊勢に戻ってきた時
目の前ではすごい事故が起こっていた
宇治浦田の交差点でレスキュー隊が出動していた
中には血まみれの人が乗ってた
横目に見ながら
どうかその人は助かってくださいと
強く願った
その直後に電話
姉が息を引き取ったという内容でした
ボク自身
いつか訪れるであろうとは覚悟はしていたが
直面すると本当に壊れそうだった
すごい寒さの中
ボクは上着すら着ずに
冷たくなった姉を連れて帰るまでの時間を
義兄と無言で過ごした
ボクは姉のワゴンRに乗り
再び伊勢道路を下る
しゃべらないお母さんは見たくないと泣き叫ぶ姪っ子たち
なんとか落ち着かせて
義兄とコンビニで買った2本のビール
今日は飲まずにはおれやんなっ!という言葉
姉の枕元で義兄と飲んだビールの味は最悪だった
その日は姉・ボク・母そして父の4人で寝た
幼い頃
離婚した父と母
20年以上の時を経て
こうやって4人で過ごすとは皮肉だっ
いつかまた
4人で過ごす日を子どもの頃は
少なからず思い描きましたが
まさかこんな最悪な状況で実現するとは…
ずっと寝れずに朝を迎えました
親父は返事すらしない姉にずっと話掛けてた
そしてボクにポツリとこう言った
お前一人になってたなぁ
一年が過ぎたのに
まるで昨日の事のようです
姉のいなくなってからの一年間は
凄まじく早く感じた
30年間
当たり前のように姉の存在があったわけで
姉のいない一年間が過ぎて行く事が
非常に不思議です
ただひとつ気持ち的に言えるのは
姉が死んでしまった事よりも
これからは姉が生きていた事が
重要になって来ると思いたい
残された姪っ子たちの為にも
オレは頑張らないといけない
姉の分も
楽しんで生きてやるっ
そう思う1日だった

Posted at 2009/02/01 21:51:54 | |
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