ある人から「1000を知らずしてスバルを語るな」と言われたので,改めてネコパブリッシングから出ている
ワールドカーガイドを読んでいる。なかなか興味深い。
さて,今でこそ,我が家の車はスバル車2台体制。でも
「カートピア」とかに登場するような,スバル濃度の濃い人達のように,スバル360から代々スバル車とかそういう訳ではない。自分の記憶をたどってみて,なぜここに至ったのか振り返ってみた。
人生で最初に私に「スバル車」というものを印象づけたのは,名前すらしらないセールスマンが我が家に訪れたときだろう。当時小学校5年生くらい。
横浜郊外(新横浜の近く)にある私の実家の近所には,地元だけに日産社員が多かった。実家の車も最初の2台は親戚の自動車修理工場から融通してもらった中古のトヨタパブリカ→中古の三代目コロナの4ドアセダンと乗ってきたが,その後はご近所の紹介で810のブルーバードを皮切りに,U11ブル,U12ブル,P10プリメーラ,Y11ウイングロード,B30ラフェスタと日産車ばかり35年以上乗り続けている。
そんな我が家に訪れたのは,
神奈川スバルのセールスマンだった。今でこそ
新横浜にどどんと自社ビルを建てているが,当時は新幹線の高架下にひっそりと店を構えていた。
そのセールスマンは,開口一番,留守番をしていた小学生の私に「あのぉ…ガレージにブルーバードが停まっていたんで,日産さんとのお付き合いがおありなんでしょうけど…スバルの車なんて興味は…ないですよねぇ」と切り出した。
…当時のスバルで知っていたのは,サンバー,レックス,レオーネ。ジャスティーがでるか出ないか。レックスの電磁クラッチ車に担任が乗っていたのを覚えている。海外ではBRATが出てた(タミヤがラジコンにしたので知っていた)というような状況。レガシィに始まる快進撃はまだ見えない時代。
そんな時代とはいえ,あまりに弱気なその姿勢に,子供心にも情けなく見えた。思わず「…まあ,僕がどうこう出来る話じゃないですけど,カタログください」とだけ返すのが精一杯だった。当時の僕は車好きとまではいえない少年だったのだ。
それが僕にとっての「最初のスバル」だった。
それから数年経って,理数系(数学と理科第一分野)があまりにも弱かった中学生~高校生当時の私に親が手を焼き,家庭教師をつけられた。最初は理工学部の女子学生だったが,その人が就職することになって,次に彼女の紹介でOさんという修士課程の大学院生に面倒をみてもらっていた。
Oさんは両親が新潟出身(私の父と同郷)でスキー好き(私の趣味に近い)。そして車好きだったのだ。勉強も見てくれたが,何より車とラリーとスキーの話に熱かった。ちょうど「私をスキーに連れてって」の時代。Oさんも
映画に出てくるあのST165のセリカに乗っていた。…そう,私も気付いていたが,Oさんは前に私の家庭教師をしていてくれたお嬢様な彼女(後に結婚)とスキーで親交を深めていたのだ。
ところが,我が家からの帰り道,そのセリカが信号無視のタクシーに突っ込まれて廃車になるという事態に見舞われた。幸いOさんは大した怪我も無かったのだが,保険金を手にしたOさんが購入したのが初代レガシィセダンのRSだったのだ。
そこからのOさんはスバル車の素晴らしさを語る日々。一方の私にとってはスバルというと,先のセールスマンと,
モトーリモデルニと共同開発した水平対向12気筒エンジンをコローニに載せてF1に出たものの…というなんともパッとしないものでしかなかった。WRCの快進撃はまだ先の話だったのだ。
そんな私に,Oさんはスバルの水平対向エンジン&AWDの優位性を物理に絡めて熱弁した。「あれはF1の,しかもマシン開発能力のないチームと組んでいるからダメなんだ。水平対向を活かすエンジンレイアウトができるハコ車こそスバルの真骨頂。ラリーをみろ。今に勝つ」と。
Oさんは修了後,就職して横浜を離れた。
一方,私も無事に大学に進学でき,自分で車を運転するようになってハマっていく。そしてWRCでの快進撃が始まったり,大学の車サークルの先輩が富士重工に就職するとかいうこともあって,スバル車のイメージはどんどん好転していく。Oさんの主張も,自分で運転して体感して理解できるようになっていた。一時期は初代アルシオーネを買おうと考えていたくらいだ(その時は諸般の事情でファミリアを買った)。その後も買い換えのたびにスバルを検討するも,なかなか自分にはまる車がなくて見送ってきた。
特にランサーワゴンを買った時。他にカローラフィールダーとインプレッサワゴンを最後まで検討したが,WRXと1.5のOHCしかなかった時期で,結果的に見送った。かつてあったSRX(2.0のDOHC)のような車があれば即決していただろう。当時の私は市役所の清掃部門で「
フジマイティー(富士重工製の塵芥車)」の運行管理をしていたのだが。
…結果的にスバル漬けになったのはこの数年。縁あって偶然にも父親の出自である新潟に来ることになって,妻がR2を買い,晴れてスバル持ちになり,そして新潟でXVを買うことになる。
まあ,濃い本流の「スバリスト」の方々からすれば,自分なぞスバル歴も浅ければ,スバルの本質の何たるかも知らない「似非スバラー」に過ぎないのかもしれない。とはいえ,乗れば乗るほど,面白い車だなぁ…と感じてハマっていく。
年末ジャンボ10億円が当たったら…ガレージ付の家を建てて,農作業用に最後のスバル製サンバートラックAWDを買い,R2をレストアし,当地の一軒家に欠かせない除雪機には
汎用エンジンの名機・ロビンエンジン搭載の除雪機を買いたい。どれも自分でいいと感じたものばかりだ。特にサンバートラックのAWDは当地に来て,空荷の時に坂道でバックするときにケツが踊らない(リアエンジン故に後輪にも荷重がかかるから)ことを体感し,これはいいと思ったものだ。
「スバリスト」「スバラー」「スバヲタ」…呼ばれ方はどうでもいい。ただ,いいものを識り,卑屈にもならず驕ることもなく,虚心坦懐にそれを追求していく。それだけのことだ。
Posted at 2015/12/16 13:54:28 | |
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