2015年10月31日
心苦しいのですが・・・
皆様ご存知のように、28日、宮崎でまた、痛ましい事故が起きてしまいました・・・
まずは、お亡くなりになられたお二人のご冥福をお祈りいたします。
ご遺族の方々の悔しさは、いくら想像しても想像しきれません・・・
また、怪我をされた方々の、早くの回復も祈念させていただきたく思います。
この事故について、素人の自分があれこれ検証する術も資格も持ち合わせていませんが、個人的にどうも気になるのが、短絡的な「病人、年寄りはもう運転するな!」的な大合唱。
もちろん、ご遺族、当事者やその周囲の方が、そんな思いとなるのは当然かと思いますし、納得もできます。
しかし、大半の部外者が簡単にそんなことを言える資格があるのだろうか?
甚だ疑問であります。
というのも、医者に運転を止められてる、とか今回事故を起こした方のように認知症を患っている、と認識(認知症の場合、本人はともかく家族が)がなされているのなら糾弾されてしかるべき、と自分も思います、がただ年寄りだから運転するな、きちんと治療を受けてる人たちにまで、病人だから運転するな、というのはあまりに理不尽かと・・・
また、現在の路上を見ている限り、高齢者ではない、健常者(に見える)の人間たちがどれだけ安全に留意して運転しているのか?
確かに自分も「この爺さん、大丈夫か?」という運転も見ないわけではありません。
しかし、実際には「歳」はあまり関係ないんだよな。
地方の山間部などを走っていると、見かける猛烈に速い軽トラ、あれ、大概、地元のお年寄りですよ(笑)
まあ、年齢は若くとも、「ダラダラ走行」、「ながら走行」で「運転」した気になってるような人間では、まったく歯が立たないだろうと思います。
もちろん、峠で速い=上手い
とは別かもしれませんが、少なくとも下手ではクルマの特性をも生かした山道での走りはできませんし、ブラインドコーナーに突っ込むには、反射神経も持ち合わせてなければなりますまい。
今回のような事故が続かないためには、行政が高齢運転者に対してもっと厳しく(しっかりされている高齢者の方にとっては不本意でしょうが)、適性を見極めるとか現在流行ムードの、自動運転車などが一般化されるのも、もちろん良いことでしょう。
しかし、1番重要なのは現在、免許を所持して路上を運転する全員が、もっと運転に対しての意識を高く保つことではないでしょうか。
自分から言わせていただけば、10月も末の夕暮れ5時を過ぎて一般車もあらかた点灯している中、パトライトのみ点灯させて、スモールランプすら点けていないパトカー、方向指示も忘れたんだかメンドくさいんだか知りませんが、視界にある間中、一切出さない人間や、進行してくるクルマを認識してから「まあイイや」と飛び出てくるような外道は、認知症の方を嗤う資格は1ミリもナイ!!と断言させていただきたい!!
宮崎のニュースを知っているであろう、昨日今日でも路上はそんな事故をあくまで「他人事」と言わんばかりに、デタラメな運転がまかり通っている現在の路上を見て、こんなことを考えておりました・・・
どうも、VWの問題といい「正々堂々とイチャモンがつけられる」相手を作って、あとは無関心、本質を見ないというのは、何か恐ろしいものを感じてしまいます。
とまあ、こんなことを言ってる自分も、物事の本質をわきまえている、とはまったく言い難いのではありますが(汗)
自分の家族では幸い、運転を止めなくてはならない人間は居ない(自分、妻ともに免許のあった父は他界しており、どちらの母も免許は無し)ので、その点の心配はないのですが、もし父が健在で「ちょっと危ないかな」と感じた時点で、早急に免許やクルマを取り上げることができたのだろうか?
と考えると、やはり切ない感じは正直拭えないとも思いますし、現在まさに、そのお悩みの方もいらっしゃることでしょう。
ですから、お上に一刻も早くきちんとした合理的な基準を定めて不適合な場合は、免許を返納してもらうしかないように思います。辛いことではありますが・・・
しかし、地方では車がなければ日常生活が成り立たない、ということにもなってしまうので、そこらをどうするか・・・
やっぱり、自動運転車が早く現実のものになってもらうのがいいんでしょうかね。
ま、個人的には「自分で運転する」クルマに乗れなくなったら免許は返納させてもらおうと考えていますが(汗)
最後に自分自身も、もっと運転に対して臆病で真摯であることを心に留めて運転していくことを誓います!!
読まれた方によっては、不愉快、納得し兼ねる、という方もいらっしゃるかもしれませんが、あくまで個人的な一意見ですので、ご容赦いただきたいと思いますm(_)m
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Posted at
2015/10/31 02:18:37
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