
昨晩までのドイツ車とは打って変わって(笑)
1983年にマツダ ボンゴがフルモデルチェンジを行ったのに合わせ、またオートラマ店の発足による「タマ」確保のために兄弟車として登場したのがスペクトロンです。
上記のようにマツダのボンゴの兄弟車ですから「フォード」と言っても純粋な国産車。
東洋工業製(現マツダ)です。
自分の住んでいる市にも3件のオートラマがあり、当時小5の自分も親父に連れて行ってもらったものです。(このカタログは、別の店舗でもらったものです。)
従来のクルマ屋さんの店舗のイメージとは、かなり違った雰囲気でアメリカの裕福な家のガレージ、といった趣(アメリカに行ったことありませんが)で多分、実際にそんなコンセプトであったのでしょう。

「Let's Take it Easy」
気の合う仲間の、アメリカンビッグ・ボックス。スペクトロン新登場。
おおらかで、あかるい。あのアメリカの若いハートをキラキラさせて、いまスペクトロン、フォードから。
ともあり、どうしてもアメ車として認知させたかったかのよう(笑)
モデルさんは全員外国人。ですが左手前の青いユニフォームの背中には「YAMASHITA」とあります(爆)

ワイドトレッド、ロングホイールベース。とありますが、「えっ、コレで?」という率直な気持ちが湧き上がりますw
また、このページにも外人のオネーたまが登場なさってますw
この風景は、初代インテグラのCMを彷彿とさせますww

またまた外人のオネーちゃんがwww
しかも大開きゃ~くwwwwww
どーも、このオネーちゃんは、車内で参考にしてるはずのエアロビ番組のテレビが見えない方を向いてwヘッドホンジャックで音楽を聴いてる模様ww
今は、ミニバン全盛で珍しくもありませんが、当時は「カーテレビ」「オールフラットシート」なこういう写真にときめいたものです。

「MAGUNUM ENGINE」ということで、今まで「アメリカ」と謳ってきたことを自ら全否定www
マツダ製であることを伝えています。

楽しそうな室内ですね~。チーズ系の菓子にゲータレード!まさにアメリカw

83年頃、流行らせようとどのメーカーも躍起になりながらも翌年くらいには、すっかり影が薄くなっていた「パーソナル無線」を強調したページ。
そしてデジパネwww
マツダ言うところの「電子メーター」。これ確か「本家」のボンゴにはなかったんですよ。
ただ、同じ年に登場したボンゴ ブローニィの上級グレードにはあり、何故ボンゴだけハブにされたのかが不思議ではあります。

グレードもシンプル
基本はXLと上級版のXL-T。ハイルーフと標準ルーフ、それに1800ガソリンと2000ディーゼルがあり、標準ルーフにはXLグレードのみの設定です。
また4速オートマチックはガソリンのXL-Tのみ、という現在ではありえない設定となっています。


価格表です。
当初、オートラマの発足には異業種からの参入を募ったため「ジャスコ」や「イズミヤ」などの大手スーパーが経営に参画し、それらスーパーの敷地の一角にオートラマ店があったりしました。
自分の地元の1店はまさにジャスコの横にありましたし、この価格表に記されてる販売店のクレジットにはイズミヤのマークがあります。
余談ながら、岐阜県の各務原市でこのカタログをもらったのは親戚が居るからで、親戚の家に遊びに行っても、クルマ屋廻りを忘れないふざけた小学生の所業の成果でもありますwww
価格表には「バン」のJ80も載っていますがJ80というネーミングから、いかにもフォードらしい感じが伝わりますね。
オートラマは、当初、マツダのディーラーより敷居の高いイメージを打ち出し、カペラよりテルスター、ファミリアよりレーザー、そしてボンゴよりこのスペクトロンの方が車格も値段も「少し」上とされ、値引きのマツダと呼ばれたマツダ系のディーラーの中でも値引きが抑えられていたようですが、段々、そんな無理も通らなくなり、本家マツダよりも無茶な値引きをするようになり(この恩恵にあずかり93年には親父がテルスターワゴンを購入しました)94年には終焉を迎えます。(このあとはフォード店となります。)
このスペクトロン、どこから見てもボンゴそのものではあるのですが、顔つきや”フォード”の文字、内装ではステアリングのセンターパッド部のデザイン変更、そして”オーバルマーク”だけでそれなりにアメリカンに見えるのは見事(でもないかなw)な仕事とも思えます。
この後、ボンゴがフレンディを発売する頃にはフリーダが登場しますがこのスペクトロンほど
「アメリカン」な感じがしなかったのは残念でしたね~。
Posted at 2014/12/13 23:02:05 | |
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